カフェしなの

TREK とKONAとEVILと、たまに1250 GS HP

ナビ廻り改造の日々

BOGTつながりのGS乗り、Kさんがやってきた。
GSでもっと楽しくダートを走れるようになりたいと、「練習用に」KTM640EDを買って数カ月。
来月開催される「北海道4デイズ」のツーリングクラスに参加するため、ビッグタンクとマップホルダー周りの改造を終えての「お披露目」。
イメージ 1
 
パッと見はノーマルと変わらないが
 
イメージ 2
 
ハンドルのトップブリッジから2本のアルミ削りだしステーで、マップホルダーを固定している。
構造設計が本業のKさん、自分で荷重計算&設計して加工してもらったとか。
かなり斬新なデザイン。
個人的には重い電動マップホルダー&IMOを付けて、2点支持だけでダート走行時の激しい上下動に耐えられるのか、不安が残る。
Kさんいわく「ツーリングクラスなのでハードライディングはしないから大丈夫」とのこと。
4日間無事完走できれば新たなモデルの完成か(念のためラリーの必需品「太い針金」もお忘れなく)。
 
EXCなら純正パワーパーツでマップホルダーステーがサプライされているが、ツーリングモデルのLC4には出ていない。
イメージ 4
これは私が持っているEXC用ステー。「ポン付け」が簡単にできて便利。
昔はこんなものなかったから、みんないろいろ知恵を絞って考えた。
 
 
 
イメージ 5
たぶん2000年前後のTBI(左後ろのカラハリスーツはマツモトさん??)
 
アフリカは3台乗り継いだが、やっぱりこの初期型RD-03が一番可愛くて、愛着もあった。
モトハウスでサスのモディファイをお願いして、ダートですこぶる良く動くようになったが、ただでさえ高い車高がさらに5センチ以上伸びて、身長172cmのチビッコでは足が届かず、何度立ちゴケしたことか.....。
生産終了から10年経って外装パーツは「受注生産」になり、次はいつ入手できるかわからないので、カウル3セットとか「オトナ買い」していた。 
今も栃木のホンダマニア、U木さんのガレージ(ホンダミュージアム?)に、大事に保管されている。
 
このころはハンドルバーのバーパッドに「直付け」がOKだったので、アフリカ乗りの先輩S師匠らと、アルミの棒を加工してマップホルダーを取り付けていた。
マップホルダーのプラスチックカバーの防水性が低く、毎日雨のときはマップが濡れては切れてしまい、その都度セロテープで補強して走っていた。
 
イメージ 6
モンゴル2002の休息日。
度重なる転倒で満身創痍の私の640ADVを、菅原爺やカイザー、JRMのスーさんが修理してくれている。
カイザーはKTMワークスのエース。キニ・ガードナーのメカだったスゴ腕で、このラリー2日目にゴビ砂漠で夜明かしして、翌朝帰還した私のマシンを、スタートまでのわずか30分で、砂のドッサリ詰まったキャブやエアクリーナーなどをオーバーホール。スタートに間に合わせてくれた(ホントにワークスメカはすごいと感じた)。
彼には「こんなツーリングバイクでラリーに出てはいけない」と忠告もされたが.....。
 
イメージ 7
04ファラオ、スタート前
640ADVは重いので、フロント周りが軽くFCRキャブでピックアップの良い、625SXCをチョイス。
このころは長距離ラリーでのEXCの信頼性が低く(実際はそうでもなかったのだが)、またEXC用の改造パーツも出ておらず、モンゴルでのカイザーの忠告を守り、「もうちょっとスポーツチックなマシン」ということで、SXCを選んだ。
 
マップ周りの写真がないが、ライトとタンクのあいだに少し見えるアルミのステーがお分かり頂けるだろうか。
フロントフォークの左右4か所にボルトで固定して、ライトカウルがノーマルより10センチほど前に伸びるようJRMに依頼。ワンオフで作ってもらった。
弁当箱ほどの大きさのGPSをつけるのでいささか不格好だが、レギュレーションはモンゴルより数倍きびしく、ステーの取り付け方が悪くて、車検に落ちるバイクも見かけた。
 
イメージ 8
この角度のほうがステーの「出っ張り具合」が分かる。
ここ1000年、雨は降らないらしいので、防水対策が不要なのはありがたい。
そのかわり転倒してハンドルが砂にめり込み、スイッチ類に砂が詰まってマップが手動になったり、セルスィッチが壊れてひたすらキックしたりと、問題点もいろいろあった。
 
イメージ 9
それでもただのツーリングライダーの私が、こんなところを走れるのもラリーレイドのいいところ。
気分はファブリツィオ・メオーニ(黙祷......)
 
でも現実は甘くない。
調子に乗って大転倒しアバラにヒビが入ったり、そのあと何十回も転んで、ついにエンジンも焼き付いて、マイファーストファラオは終わった。
イメージ 10
4日目の砂丘のキャンプ。
夜遅く最終走者として満身創痍で帰還。
砂まみれでガラガラ異音の出るマシンを一生懸命直してくれている、岩崎モーターズの岩崎(弟)君。
彼のウデのなかでマシンは息を引き取った。
岩崎君ホントにありがとう。
 
 
イメージ 11
翌2005年、リベンジを誓い懲りずにまたやってきた。スタートのギザのピラミッド
 
マシンは前回と同じ625SXC。
モンド市川君の手でエンジンをフルオーバーホールし、前回ハイスピードで前転クラッシュしたらマップ周りが全壊。
カウルの必要性を痛感したので、旧型640Rallyのカウルを装着した。
 
他のエントラントにも自家製で作ってきたステーが壊れたり折れたりして、針金でグルグル巻きにして走っていた。
本格的なラリー経験の乏しいお店で作ったものは、たいがい壊れるが、それが次回の改善につながっていく。
ラリーの本場ヨーロッパに比べ、マシンの改造について日本は数十年遅れていると感じた。
 
イメージ 3
フロントゼッケン下に「マックスフリッツ」のステッカー、ちゃんと貼ってましたよん。
 
カウルがつくと気分はワークスマシン。
でもこのときもクラッシュして記憶喪失(返り討ち?)。
不思議にキャンプにはたどり着いたが記憶がない。
鼻血を出してヘラヘラ笑いながら食事をしている私を見て、不審に思った仲間に促されドクターに診てもらうと、即ドクターストップ.....。
 
次回からは何があってもドクターのところには行かないゾと、心に誓った、マイセカンドファラオだった。
 
でもカウルのおかげでナビ周りは無傷。640ADVのカウルはプラスチックなので重いが、RallyのはFRPで軽量。
カウルは何箇所か割れたり「裂けたり」していたが(ってどんな転び方したのか.....記憶にない)、またまたリベンジを誓う懲りない「オレンジ色のニクイ奴」。
 
って長くなったので続きは次回に。