R1250GS カフェしなの

R1250GS、事故で廃車から買い替えました

六本木タダ酒呑みジジイ

弊社のモットーは「接待は・しない・させない・すすめない」なので、
仕事絡みの忘年会はすべてお断りしていたら、今では誰も誘わなくなった。
 
で、昨日はまたプライベートの忘年会
 
この日のメンバーは20数年前、私が不動産屋になって初めてできた友人らで、全員が「傷だらけの天使」で有名になった、某アパレル出身。
 
当時私が働いていた六本木の事務所のとなりにモデル事務所があった。
そこに所属するきれいなモデルさんたちが、部屋を借りに来ては仲良くなり、夜な夜ないろいろなお店に連れて行かれては、アヤシイ大人の世界を教えてもらった。
 
そのなかでも面倒見が良くて、アネゴ的存在のリア姐さんが、「友達の会社で洋服のバーゲンやってるから行こうよ」と、私を誘ってくれた。
 
姐さんが紹介してくれた私より10歳上のHさんが、大手量販店の「ツルシ」の背広を着ていた私を、オシャレの世界に導いてくれた張本人。
 
Hさんに連れられて夜の六本木に行くと、ディスコにバー、レストランなど、どこに行ってもHさんはお金を払わない。
不思議に思い聞くと、Hさん曰く「みんな知り合いだから」って。
 
Hさんの仲間も彼のことを、「六本木タダ酒呑みジジイ」と呼んでいた。
 
私の今のバイク以外の人脈は、全てHさんから紹介されて広がったと言っても、けっして過言ではない。
 
その後バブルになり今度はちょっとお金を稼いだ私が、Hさんらを六本木や銀座のおねーちゃんのいる店に連れて行った。
お店が終わったおねーちゃんらと連れだって、ディスコや2丁目のゲイバーへ繰り出し、朝まで大騒ぎ。
そのまま会社へ行くことも多かった
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2丁目の私の心の恋人サリーと(お店閉めちゃったみたいだけど、元気かなァ)
 
十数年前、Hさんが実家に帰ってしまってからは、年に数回Hさんが仕事で上京し、仲間が集まって呑み会をしていたが、Hさんが転職して出張が無くなってからは、もう何年もごぶさただった。
 
私より一つ上の52でいまだに独身のSさんは、Hさんの後輩。
「オレが結婚しても相手が不幸になるから」と、生涯独身を謳歌するという。
 
先日Sさんと会ったとき、久々にHさんを呼んで忘年会やろうよという話しになり、Sさんの同級生がやっている自由が丘のバーに集まることに。
 
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こんなオサレなお店にくるのは、本当に久しぶり
マスターのKさんは伝説の「バー・ラヂオ」で修業した苦労人
バーテンダーは酒が作れるだけではいけない」という師匠の厳命で、
お店に飾る花も生け花教室に通って、習わされたという。
 
マティーニ1杯3000円はしびれるが、クリスタルでない大昔の「鉛」の入ったバカラのグラスで注がれたら、それも仕方ないか。
 
そんな美学が生きている素敵なお店に
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オヤジたちだけ集合かと思ったら、同じアパレルで働いていた女性陣も、フェイスブックつながりで集合。
忘年会というより「同窓会」
というよりちょっとアヤシイ熟女パブか.......
 
肝心のHさんは仕事で来れず、残念。
また来年お会いしましょう
 
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この日、飛び入り参加した最長老のKさんから、ジャン・ミランのマグナムボトルの差し入れ。
Kさん曰く「このサイズがシャンパンは一番美味しい」という。
 
ロンドンに長くいたKさんは、デビッド・ボウイやブライアン・フェリーともお友達。
「お仕事は何ですか?」と聞くと
「ん、なにもやってない」って
そのわりには毎日飲み歩いているのだから、いい御身分である。
 
すでにだいぶ飲んで酔っ払っていたが、このシャンパンでトドメを刺された。
 
「先週から毎日忘年会だよ」と言いながら、「じゃあ六本木に戻ろうか」って.......(!)
カワイイおねーちゃんたちがお店で「手ぐすね引いて」待ってるらしいけど、
こっちにはもっとカワユイ娘が待っている(もう寝てるけど)
 
異様に元気なオヤジたちをあとに、なんとか終電を乗りついで帰宅した。
 
今の六本木は「ここは歌舞伎町か?」と思うほど猥雑になってしまったが、
「そのぶん昔より安く飲めて楽しいよ」って。
 
ここにも「生涯現役」の化け物たちがいた