カフェしなの

TREK SUPER CALIBER改とたまに1250 GS HP

au revoir J・C・O

「J・C・O」と聞いてピンときた人は、よほどのパリダカフリークかヤマハ好きだろう
 
J・C・O=ジャン・クロード・オリビエ、別名「ヤマハの父」。
 
 
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ゴロワーズカラーで有名だったフランスヤマハ&ソノートの元社長で、自身もプロライダーでありパリダカの常連。
パリダカに出た日本人ライダーの多くも、一度は彼のお世話になっているんじゃないのか。
 
残念ながら私はこの頃の彼の雄姿を、一度もライブで観たことがない。
でも450cc規制で軽量コンパクトな、シングルエンジン全盛の今、
やっぱりラリーは多気筒エンジンのほうが、 迫力があっていい。
 
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私たち家族が雪で上田のビジネスホテルに避難していた14日、
本国フランスで交通事故にあい亡くなられたそうだ。
 
ネットで検索したら、こちらの方のブログに詳細が載っていたので、転載させていただきます
 
自宅のコレクションの数々。
パリダカファンならずとも、このカラーリングを見た人は多いだろう。
 
98年、シューセイさんとプレスで参加したパリダカで、シューセイさんが親しげに話していた。
「だれ?」って聞いたら「ジャンだよ」って紹介してくれた。
 
一匹狼のカメラマンで自身もカメラを担いで、バイクでラリーを追いかけていたシューセイさん
当時はJCOも現役ライダーで、黎明期のパリダカを一緒に走った親友。
 
と言ってもそのときの私は、オーガナイザーのオリオールさえ知らない、「パリダカオンチ」.....。
 
長身で金髪の外国人は大勢いたので、そんな偉い人とは知らなかった。
 
パリダカシューセイさんが1週間、行方不明になったときもビバークで一人寂しく食事していると、「ヤマダは必ず帰ってくるから」って励ましてくれた。
 
ミニで優勝候補のペテランセルも、もともとはジャンの愛弟子。
 
撮影 山田シューセイ
この写真、ゴール後のダカールの海岸で、シューセイさんがペテランセルに「ウイリーして」って頼んだはずが、ちゃんと通じなかったのかピースサインになってしまったもの。
それでも優勝したペテをつかまえて撮影のオーダーするシューセイさんもさすが。
 
ラック・ロゼのポディウムで、J・C・Oとペテランセルが抱き合って喜ぶ姿が、今でも目に焼き付いている。
 
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スーツ着てV-MAX
なんて「お茶目なおじさま」だろう
 
ご冥福をお祈りします。