R1250GS カフェしなの

R1250GS、事故で廃車から買い替えました

T君へ

父が亡くなり脳こうそくで入院中の母も、リハビリ専門の病院か施設を探していて、たぶんもう自宅には戻れないだろう。
 
田舎をクルマで走っていると、荒れ放題になった空き家の多さに驚くが、親が亡くなり跡を継ぐべき子供が住まない家は、みなこんな「あばら家」になっているという。
 
若いころは考えもしなかったことだが、いづれは住む人のいなくなる私の実家も、同じ運命をたどるのか。
どこかしらの田舎を出て都会で暮らす知人たちも、みな抱える悩みは同じようだ。
 
「しばらくは定期的に実家に帰り空気を入れ替えていたが、次第に面倒になり処分してしまった」
 
「実家が無くなり墓参りも日帰りでは不便なので、東京に墓を買って移設した」
 
実家がなくなるということは、「ふるさと」もなくなるということ。
 
考えるだけで憂鬱になるが、ふるさとを捨てた人間には仕方ないことなのか.......。
 
 
今回の帰省でうれしかったことがひとつ。
 
姉の息子で神奈川に住む甥っ子、T君が葬儀で帰ってきた。
葬儀が終わり彼と弟のK君を私のクルマに乗せて、母親の病院に見舞いに行ったとき、
「オレ、トランポが欲しいんだよね」って、T君が言った。
 
「??」
トランポって言葉をなぜ彼が知っているのか。
私が知る限り彼は30歳になる今まで、バイクとは無縁だったはず。
 
聞けば会社の先輩に誘われて中型免許を取り、去年からオフロードを始めたらしい。
 
バイクはXR230を買ったとか。
「だってCRFとかXR250って、足が届かなかったから」
私と同じで身長170cmくらいのチビッコでは、足の長いレーサーは躊躇したのだろう。
(あのね、足なんて着かなくてもいいんだヨ)
 
彼が小さかったころ、私が帰省するたび乗ってきたバイクは、BMWK100や100RS,
カワサキのGPZ900R(ニンジャ)など、ロードバイクばかり。
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私によく似た甥っ子たちがかわいくて、帰省するたびドライブに連れて行った
 
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なのでその後私がオフロードにハマっていたことも、彼は知らないようだった。
 
「なにかレースには出たの?」と聞くと
「千葉のデコボコランドってところのレースに出た」って。
「ひょっとしてピットクルーカップ?」
「おじちゃん、何で知ってるの?!」
「そのとき大きい犬連れた、ツナギに坊主頭のおじさんいなかった?」
「その人マーシャルやってたよ!」
「今度会ったらおじさんのこと言ってごらん、知り合いだから」って言ったら、驚いていた。
 
今年はレイドカムロにも出るらしい。
 
 もし君がTBIやモンゴル、ファラオやダカールも行きたいなら、SSERヤマダサンから菅原爺まで、誰でも紹介してあげるし、いろいろなことも教えてあげられるだろうが、あとさき考えず行動する私と違って、慎重派な彼はどこまでやりたいのか、
 
もう少し早くオフに目覚めてくれていたら、KTMあげたのにネ。
 
でも本当はキミも長男なんだから、そろそろ田舎に帰って親を安心させて欲しいんだけどナ。
 
なんてことを私が言っても、30歳ごろの私と同じで、ピンと来ていなかったようだが.......。
 
彼の父親は今年65歳、20年後は私の父と同じ85歳になる。
 姉も義兄も
「自分たちは施設に入るから、お前たちは帰ってこなくてもいい。自分のやりたいことをやれ」
と言ってるけど、私の両親も20年前は同じことを言っていた。
 
それが80を超え気力も体力も衰えてからは、毎日通ってくれる姉だけが頼りになった。
クルマがないと生きていけない田舎なのに、危険だからと免許を取り上げられてしまい、
田舎は坂道ばかりで、足腰の悪い老人にはつらいことばかり。
 
私の両親は地元に嫁いだ姉がいてくれたから、まだ面倒を見てもらえるが、
息子たちはいづれ結婚し、奥さんや子供は気ばかり遣って、なにもない田舎に行きたがらない。
姉の嫁ぎ先は志賀高原のふもとなので、冬は雪かきも大変だが、若い人が家にいるかどうかは、
家の前に雪かきされずに残った雪を見れば分かる。
 
姉夫婦にそんな話をしたら、「う~ん.......」と唸ったきり言葉が出なかった。
 
 
 
「今度おじさんちに遊びにおいで。バイクグッズいろいろあるから」
 
物置で眠っているガラクタたちも、彼が使ってくれるなら本望だろう。