カフェしなの

TREK SUPER CALIBER改とたまに1250 GS HP

凱旋

昨日事務所にいたら見たことのない軽自動車が、前に停まった。
誰かと思ったら、あらじ~じ、おかえりなさい。
 
昨日モンゴルから帰国したそうで、わざわざお土産を届けにきてくれた。
 
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馬のトロフィーはジムニークラス優勝のもの
白いラクダはうちの娘にどうぞって。
 
オレンジのリストバンドはラリー中に選手やスタッフの着用が義務付けられている。
パリダカもファラオもラリーはすべてこれを付けることによって、主催者が提供する食事やサポートを受けられる。
私なんぞはレースが終わったとたん、バイクのゼッケンと一緒にすぐ取ってしまうが、この御仁は自然に切れるまでバンドを付けっぱなしで、春のTDRからTBI,モンゴル、ダカールと一年中ラリーモードである。
 
今回のじ~じのナビはフランス語堪能なJRMスタッフの、ムッシュT君。
去年は別のスタッフT君だったが、ラリー&コマ図未経験だったので、ジムニーは横転してしまった。
じ~じ曰く
「今年のTはコース上に穴があるのを100m前から教えてくれたが、去年のTは目の前に来ていきなり{穴です!}というんで、そりゃ横転もするよ」って。
 
T君からはラリー中の写真を送ってもらった。
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プチスポンサーをさせてもらっているので、私の会社のステッカーを貼ってくれている。
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ビバークにて。
ソロでエントリーした103番のW女史も、無事完走したらしい。
 
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この子たちは化石でも売りに来ているのか?
 
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標高3000mのスガワラ峠にて
今回はオンコースではなかったらしいが、ラリー中の忙しいところ、
「大事なスポンサーさんのためにわざわざ山頂のオボーまで行って、記念撮影してきましたよ」って。
 
ジムニーは快調そのものだったとか。
もっと深い砂丘やガレ場などテクニカルなコース設定なら、大排気量車で「直線番長」ぞろいのモンゴル勢が相手でも、小兵のジムニーで負けなかったはず。
 
今回は日本人はバイク、4輪合わせて9台と少なく、ほとんどがモンゴル勢だった。
ライダーの高齢化により本格的なラリー参戦者は減る一方。
これ以上日本人選手が増えることは残念だがもう無いだろう。
ならば砂丘に入ったら出られない日本人のために、砂丘を避けるルートにする必要もなくなる。
来年あたりゴビの大砂丘をふんだんに盛り込んだハードなルートにすれば、「ゴビでおもしろいラリーがある」とうわさになって、テロが不安なアフリカまでわざわざ行かなくても、大陸続きのヨーロッパ人が多数押し寄せて、SSERヤマダサンは大喜びするだろう......
 
なんてじ~じに話したら
「モンゴル人は砂漠走れないからダメだなんだよ」って。
 
ガントルガやボルドバートルなど、ワークスライダーに引けを取らないモンゴル人ライダーばかり見ているし、子供のころから馬に乗っているイメージで、てっきり全員そのレベルかと思ったが、そうでもないらしい(たしかに馬で砂漠はいけない)
 
経済発展著しいモンゴルでも、まだまだラリーなどモータースポーツは高根の花、
クルマはボロボロ、タイヤも高価なのでツンツルテンになっても走っているというし、クルマに負担がかかる砂漠を、そもそも走りたがらないという。
 
でも今回はオーストラリア人ライダーが3人参加したので、来年はもっと欧米人が増えればいいと思う。
 
ファラオもダカールもほとんどのラリーがベースキャンプを移動せず、前日のコースを逆走させたりループで回らせてキャンプに戻るようにして、主催者の負担を軽減しているが、じ~じ曰く「ロマンチストな」ヤマダサンは、それを潔しとしないらしい。
 
FIM規格の国際ラリーに比べてスタッフの数やヘリなど、明らかにサポート体制が劣るモンゴルラリーだが(失礼)、ヤマダサンは選手たちに誰も知らないモンゴルを毎回見せたくて仕方がないという。
今まで何度も「ループにしなさい」というじ~じらの忠告を聞かず、モンゴルの奥へ奥へと直線的に距離を伸ばしていった。
 
むかし日本軍が中国大陸や南方へ戦線を伸ばした際、兵站や物資など後方支援が絶たれて自滅したように、無茶なルート設定はトラックやバスで移動するサポート隊が、選手より遅くキャンプに到着したり不眠不休の強行軍になったり。
スタッフの高齢化も手伝って負担が大きかった。
一番怖いのは生命にかかわる重大事故のとき、遠方ではヘリが間に合わないが、ループなら200kmコースを走っていても、意外にキャンプから数十キロだったりして、捜索や救助もラクになる。 
 
今回初めて2日間ベースキャンプを移動させず、ループを採用したらしいが誰も昨日と同じルートだと気が付かない(「パリダカの鉄人」じ~じでさえ気が付かなかったという)
 
ヤマダサンも無理して距離を延ばさなくても、おもしろいラリーができることを知ったとか。
こうすればふだんの半分の250kmくらいのループにして、そのぶん密度の濃いハードなルートにしても、明るいうちにキャンプに帰れて選手も楽しいし、主催者側も運営が楽になるはず。
 
ファラオでは250kmひたすらハードな砂丘の日も、午後3時にはキャンプについてシャワーを浴びてビールを飲んでいた。
毎日必死で走るがゴールはいつも日没後で、ろくに景色も見ていないのでは、せっかく行ったのにさびしすぎる。
 
「最近のバイク乗りは本格的なラリーに興味は無くて、ちょこっと砂漠や風光明媚な場所を走って、午後はホテルのプールサイドで日光浴したい人ばかり」
 
とは某ディーラーオーナーの言葉だが、非力なXR250がメインだった昔のラリーと違い、アマチュアがKTMの軽量フルパワーマシンでラリーを走れる今、ゴビの大砂丘を走っても強力無比なバイクが、私もそうだったが非力なライダーを助けてくれるはず。
一昔前ならTBIでラリーの基本を覚えてモンゴルにステップアップ、
そこからファラオやUAE、パリダカへ行く人が多かったが、さすがに40,50でバイクに乗り始めたら、仕事も忙しいしなにより体力気力が追いつかない。
「モンゴルは1日500kmとハードらしいので......」と躊躇する人も多いというので、内容はハードでも移動距離が少ないラリーになれば、行く人も増えるのではないか。
 
最終日にレンジャーがマシントラブルでリタイアした原因も聞いたが、この数年レンジャーの性能が飛躍的に向上し、それに合わせて足回りや軽量化などいろいろな要因が重なってのことだが、あまりにも初歩的なトラブルでじ~じもかなり怒っていたが、メーカーも絡むことなのでここでは言及を避けたい。
 
そのレンジャーとテルちゃん
来週からシルクロードを走るラリーに参加予定で(主催者はムッシュ・ユベール・オリオール! 本当にお世話になりました)、ただ今準備に大忙しとのこと。
 
じ~じもテルヒト号と同じトラブルになる要因があるので、帰国早々から自分のレンジャーの改造に取りかかっているという。
 
ナビを務めたT君、頑固おやじと狭いコクピットで8日間も一緒なんて。
きっとコマ図を見落として怒鳴られたこともあっただろう。
本当にお疲れ様でした。
 
それにしてもこの馬のトロフィー、クラス優勝も何も書いていない。
「チンギスハーンホテルの売店で売っていた」って話しもあるが、
ヤマダサン、いくら日本から運ぶのが大変とはいえ、手、抜き過ぎでは??
 
とりあえずテプラで「2015ジムニークラス優勝」と貼って、じ~じが今度来たらサインしてもらって、パリダカ&スガワラマニアのおーてんさんでも、引き取ってくれないかなァ......