カフェしなの

TREK SUPER CALIBER改とたまに1250 GS HP

キグレ大サーカス

土曜は1年ぶりのいわきへツーリング。
その前日の金曜夜、ひさびさに友人のTさんと、目黒駅前の居酒屋で呑んだ。
 
メンバーはTさんと友人でハーレー乗りのNさん。
2人とも学生時代ラガーマンで、今回の日本代表の快挙を喜んでいた。
いまだに年に数回、OBが集まって試合をしているというTさんとNさん。
タックルやスクラムのし過ぎで首の軟骨がつぶれたTさんは、
数年前に1か月入院して首の手術をしていた。
 
それでも
「このあいだ二人で岩手まで車を運転して、試合に行ってきた」とか。
 
試合中に人間の体がぶつかるものすごい音を、テレビの中継で聞くたびに、
他人事ながら「お大事にネ」と思ってしまう。
 
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いい感じで酔っ払ってお店の前で浮かれるTさん
私は翌日ツーリングなのでここで失礼したが、屈強なラガーマン二人組は夜の盛り場へ消えて行った....
 
こんな楽しい飲み会はいつでも大歓迎。
ぜひまた誘ってください。
 
翌日は8時に守谷SA集合。
 
今回はひさびさに「小田原の風来坊」ケンヂ君も参加できるようで、楽しみが増えた。
6時半に出発して荏原ランプから首都高へ。
今年開通した環状山手線もいいが、常磐道東北道でツーリングに向かうなら、首都高環状線を走るほうが気分も盛り上がる。
 
目黒線から芝公園環状線に合流。
左手に東京タワーを見ながら、浜崎橋ジャンクションを銀座方面へ。
京橋から箱崎へビルの谷間を縫うように、アップダウンを繰り返しながらコーナーが続く。
 
木曜にフラットT君が整備してくれたGS
シューーーーンというエンジン音が心地よく、これから旅に行くという気分が、いやがおうにも盛り上がる。
 
スカイツリーを眺めながら甘酸っぱい思い出いっぱいの浅草、向島も順調に過ぎ....
 
と、加平PAから渋滞が始まった。
後ろから来たバイクに道を譲り「露払い」に。
そのあとをのんびり付いていく。
 
アクセルとブレーキを踏み間違える、高齢者の事故が後を絶たない。
週末だけのサンデードライバーや、「わ」ナンバーのレンタカーも多い。
渋滞のなかをすり抜けるのが楽しくて仕方なかった時代もあったが、
家族を持った今はできればしたくないし、かなり慎重になった。
 
どうやら事故のようで、三郷を過ぎても大渋滞が続く。
 
流山を越えたところで右側が車線規制。
車2台の追突事故で警察が実況見分中。
 
「やれやれ、これで終わりか」
と思ってもまだ渋滞は続いている。
 
「?」
と思ったすぐ先で3車線の左右をふさいで1車線になっている。
右側車線にBMWと軽自動車が、左側車線にトラックが停まっていて、
BMWはスピンしたのかこちらを向いて、壊れた部品が散乱している。
 
こんな事故に巻き込まれたら、バイクはひとたまりもない。
 
7時半前に守谷に着いたが、まだ二人は来ていない。
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いつも早めに来ているS師匠も、ケンヂ君も8時になってもまだ来ない。
 
「ツーリングって明日だっけ?」とか
「8時じゃなくて7時で、もう先に行っちゃったかも??」とか、
「守谷じゃなくて違うSAだったかな?????」
 
なんて考えていて心配になったら、便意を催してきた。。
 
トイレに行って戻ってきたら1200GS(空冷)のケンヂ君が到着して、ホッとする。
 
小田原からここまで100km以上、
大きな1200GSで渋滞にハマって、もうかなりお疲れモード
とりあえず彼の一服に付き合って喫煙所へ。
 
最近のケンヂ君は毎週どこかにツーリングしている。
北海道だったり東北だったり長野だったり
ほとんどがソロで、本当に寅さんのような風来坊。
 
サービス業で平日休みだったはずだが、
「ひょっとして仕事辞めたの?」
と聞くと10月まで土日休みのシフトで、休みを取りまくってツーリングしていたとか。
「なのでもう年末年始も休めません」って。
 
私がブログで紹介した小串鉱山が気に入って、11月も行くという。
この日もいわきから磐越道を下り、新潟で1泊して明日もツーリングするらしい。
 
彼も前夜のTさんNさんと同じラガーマン
 
「学生時代ラグビーをやっていたヤツは、どんなつらくてもへこたれないから、オレは採用してる」
って、某上場会社の面接担当者が言っていた。(彼もラガーマン
 
それほどきついラグビーをやっていた彼らに共通するのは、
「ほんとうにいいヤツばかり」
 
ケンヂくんがタバコを吸う横で話をしていたら、S師匠が到着した。
 
ヘルメットを取ると髪の毛が真っ白。
会うのは1年ぶりだが前回はこんなに白くなかったはず。
「ひょっとして渋滞のストレスで白くなったのかな?」
と思ったが、
「もう染めるのが面倒くさいので、そのままにしている」とか。
 
50過ぎのおやぢが集まると、話題はバイクより健康や髪の毛のこと。
ケンヂ君は頭頂部から薄くなってきたようで、
「ちょっと心配ッス」って.....。
 
私のアタマを「よくできたヅラ」というS師匠の言葉を信じて、
「オレもヅラにしようかな」って(私は地毛です)
 
白髪にもならず今に至るのは、小さい子供がいるからか。
保育園でもダントツ最年長だが、新しい先生や父兄に
「おじいちゃんですか?」
と言われないよう、気が張っているのかもしれない。
 
それでも昨日、娘とお風呂にはいったとき、
「パパ~しらががあるよ~」って、1本抜かれた。
そのうち
「ジジイあっちいけ」
って言われるのかと思うと、悲しくなる......
 
 
 
HP2だったS師匠だが、今は1200GSアドベンチャーに乗り換えて、
こちらも毎週のようにツーリングに出かけている。
 
1時間ほどスタバでまったりしてから出発
先頭のS師匠の後ろを走る。
 
10年ほど前は毎週のように、この背中を追いかけて走っていたのを思い出し、いろいろな場面が走馬灯のようによみがえる。
 
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次に休憩した日立PAにて。
みんなトイレが近くなってきたので、200kmで2回休憩が必要とは情けない。
 
奥から 旧、古、新の3台。
 
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初めてきたが高速道路を挟んで日立の太平洋が一望できる。
でも今日は曇りで少し寒い。
 
ヒットエアーのエアバッグジャケットの下は、マックスフリッツのインナーブルゾン
下もマックスのあったかパンツに、足元はダナーのゴアブーツでこちらは暖かいが、首回りから風が入りうすら寒い。
これからさらに北上するのに、これでは先が思いやられる。
 
震えながらいわきの大和モーター商会に到着
S社長さんがストーブを焚いて、出迎えてくれた。
 
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オサレな都会のディーラーでなく、何十年たっても変わらないこのたたずまいが、なんとも落ち着く。
 
岩手からうめさんも到着。
ロードバイクの1000XRに買い替えたのかと思ったら、
S師匠と同じ水冷1200GSADV。
 
「試乗はしたけど私が買うわけないでしょ」って。
すっかりダマされた。
 
GS4台で総額1000万以上。
私のが一番古くてボロいが、果たして5年後に一番値打ちがあるのは、
やっぱり空冷GSかもしれないとは、みんなの一致した感想だった。
 
先週は数年ぶりに「いわきツーリング」が開催されたそう。
 
私がオフに目覚めたころ連れて行かれたいわきツーリングは、「ツーリング」なんてさわやかなものではなかった。
2日間で800キロを超えるルートを作るのは、国内外のラリーやレースに参戦する「チーム大和」のツワモノたち。
地元の彼らが10代の頃から走り回っている、いわきの山を舞台に
 
「せっかく来てもらうのにつまらないルートでは申し訳ない」
 
そんな余計なお世話が、高いダート率と低い完走率のいわきツーリングを作り上げた。
 
エキスパートでないと抜けられない、難所の「おとこ道」
 「GS殺しの谷」はV字の谷に落ちて左右のヘッドがはまると、
谷底にタイヤが接地していないので、前にも後ろにも抜けられない。
 
平均台ほどの幅しかないキャンバー走行は、左右どちらかに落ちたら数人でも、
バイクを引き上げるのは困難.....
 
ビビってエスケープルートの「おんな道」を進むと、
最後に出てくるコマ図に
「おまえは負け犬だ」
の文字が....。
 
「パンチリエゾン」は文字通りパンチの利いたリエゾン(って意味がよくわからないが)
 
林道と林道のあいだを「直登」するルートでは、途中のヤブにひっかかり、そこらじゅうで登ろうとあがくバイクの、悲鳴に似たエンジン音が山にこだましている。
ライダーの背中から蒸発した汗が雨に混じって、湯気になって立ち上る「荘厳な」光景に、思わず合掌.........
 
本当によくこんな意地悪なコース作るなというくらい、楽し「苦し?」ませていただいたが、無理なら引き返せるただのツーリングと違い、なにがなんでもゴールしないと終われない経験が、その後の海外ラリーに生きたような気もする。
 
先日のいわきツーリングは、DOAのルートつくりにも尽力した地元のOさんが、
「いわきツーを復活させましょう」とがんばったらしい。
 
ジーパンにロードブーツ、ジェットヘルの軽装&ノーマルタイヤのアフリカツインで、ブロックタイヤを履いた最新バイクを林道で颯爽と追い抜く姿を、DOAで目にした人も多いはず
川内村には走れる林道があまりなく、従来のいわきツーのルートを流用しているらしい。
社長さんもいわきツーの下見を兼ねて、DOAを覗きに行ったようだが、ガケ落ちしたりけが人が続出し、その手伝いで大変だったとか。
 
自然の地形を利用するイベントは、事前の雨や悪天候でルートが「変形」するのも当たり前。
バイクの性能がいくら上がっても、高齢化で乗り手の性能が低下しているのは仕方ないが、さすがに200万以上するバイクを投げるのはもったいない。
 
主催者のY原さんもスタッフが少ないなか大変だろうが、難所にはエスケープの「おんな道」を設けるか(あっあるのね)、初心者向けのイベントをもっと増やしてくれればと思う(って外野が言うのは簡単だけど、やってるほうは許可とかいろいろ大変なんだろうな)。
なので自信の無いビギナーは、見栄を張らずにエスケープルートを走ったほうが、バイクも自分も壊れないし、周りに迷惑をかけなくてにいい。
 
今回のいわきツーでひさびさにダートを走った社長さん。
「カラダがボロボロだよ」って。
菅原爺には及ばないが御年60ウン歳のご老体では、バイクで林道を走るよりSSERヤマダサンのように、サポートカーで指示を出したほうがいいと思うのだが、そこはやっぱり走りたい社長さん、どうしても無理をしてしまうらしい。
 
あいかわらずお宝満載の工場
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エルシノアが2台眠っていたり(でも掘り起こすのはかなり大変だろう)
 
社長さんは都会ではやっている「ヴィンテージモトクロス」に興味津々らしい。
「誰が走るんですか?」
と聞くと
「オレだよ」って。
 
てっきりチーム監督になって、誰か地元のエキスパートを走らせるのかと思ったが、
まだまだやる気は失せていなかった。
 
娘が一緒に遊んでくれなくなるであろう数年後、
まだいわきツーがやっていたら、ぜひまた出てみたいのでO先生よろしくです。
 
S師匠はこのまま北上して仙台で墓参りをして、日帰りするという。
 
お昼ご飯はひさしぶりに「まんぷく食堂」のカツカレーを食べてみたい気もしたが、
完食する自信が無かったのと、日没までに墓参りを済ませたいS師匠と、久しぶりに食事をしたいので、去年も行った四倉の道の駅へ。
 
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1年ちょっとのあいだに防波堤工事も進み、公園も整備されていた。
 
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去年5月撮影
 
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地元の家族連れがたくさん遊びに来ていた。
 
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寒いので私とS師匠はそばセット
うめさんは海鮮丼
ケンヂ君はサンマの刺身定食
 
本当に寒くてラーメンにすればよかった。
 
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ほんの一瞬の再会のためはるばる数百キロ走ってきた、おやぢたち。
次回一緒に走れるのはいつのことか。
 
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10年前は全員がアフリカ乗りだったのにねぇ。
 
日本海側は天気悪いみたいだよ」
と新潟に向かう予定のケンヂ君に言ったら、
「(小田原に)帰ろうかなぁ.....」
と弱気な発言。
朝の渋滞で気力体力ともに消耗したらしい。
 
「仙台の墓参りに付き合えば?」
とも言われてグラグラしていたが、結局、私と一緒に帰ることに。
 
S師匠、うめさんらと別れたあと、津波に流された富岡駅を見たことが無いというケンヂ君と、2年ぶりに見に行ってから帰ることにした。
 
四倉から国道で27km
道路標識には「→南相馬」や「→双葉町」の表示が出てきて、ちょっと緊張する。
 
カーナビのズーモの表示が富岡駅に近づくにつれて、「災害復興」と書かれたクルマが増えてきて、県外ナンバーでどこから見てもツーリング中のバイク2台は、ちょっと肩身が狭い。
 
広野町からJビレッジを過ぎて楢葉町あたりに来ると、閉まったままの店舗や無人の家が増えてきて、胸のあたりがイヤな感じでザワザワしてくる。
 
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ナビの通り駅に着いたはずが、そこに富岡駅は無かった。
 
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こちらは2年前の10月に撮影したもの。
このときの詳細はこちら
 
クルマで毎日見に来ているという、元住民の男性に聞くと、
「去年取り壊された」という。
 
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津波の被害に遭った駅前の建物を前に、呆然とするケンヂ君。
岩手の被災地は見に行ったそうだが、着々と復興が進む地域と違い、原発を抱える福島は4年前から、時間が止まっているように感じる。
 
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駅前のホテルと中華料理店もそのまま。
 
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こちらも手つかずのまま取り残されている。
 
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それでも解体作業のトラックや作業員が、忙しそうに動いていた。
 
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駅の向こうに巨大な白い建物が建っていて、一瞬、子供のときに見に行った、キグレ大サーカスでも来ているのかと思った。
 
さきほどの男性に聞くと
「除染土の袋が破れて放射能が漏れだしたのを、建物の中に収容している」
らしい。
 
建物の左側には黒い袋に入った除染土が、山積みになっている。
そういえば前回は国道や県道から目についた、除染土を入れ黒い袋が見えなかったが、こういうところに運んでいるのか。
 
「だから建物のなかは(放射能が漏れて)、かなりヤバいらしいよ」
 
そういわれる建物の中からは、クレーンなのか重機を動かす大きな音が、100m以上離れたこちらまで響いていた。
 
復興が進んでいるようないないような。
 
「それでもほんの少しづつ進んでいるけど、あまりにも範囲が広いからねぇ」
 
戻りたくても戻れない、あきらめに似たようなな男性のつぶやきが、耳に残っている。
 
ガソリンを給油して帰路へ。
暗くなると目が見えにくくなってきたし、かなり冷え込んできたので、明るいうちに距離を稼いで、できるだけ都心に近付いてから最後の休憩をしたい。
 
茨城の実家のレストランを継いだI君に、会いに行こうか迷ったが、
「中途半端な場所なんだよね」
とS師匠に言われて今回はあきらめた。
 
ケンヂ君と守谷SAまで走り、最後の休憩。
インフォメーションで渋滞情報を見ると、三郷から首都高環状線まで渋滞しているが、ケンヂ君の小田原まで行く外環道も混んでいる。
 
S師匠から電話があり、墓参りを済ませて東北道を走っているという。
 
ケンヂ君に
「宇都宮まで戻っておいで」
ってかなり無茶ぶりな注文も。
 
心優しきラガーマンなので行くかと思ったが、さすがに断っていた。
 
小田原まで外環道より、都心を横断したほうが早いだろう。
三郷から渋滞のなか慎重にすり抜けながら走る。
朝のような渋滞ではなく自然渋滞なので、なんとなく流れている。
そのうち渋滞もなくなり環状線から目黒線へ。
ケンヂ君は第3京浜で帰る気らしく、私の後をついてくる。
 
荏原出口で降りて、自宅まであと50kmのケンヂ君に別れを告げる。
 
「おかえり~!!!」
9時ごろ帰宅するとまだ起きていた娘が、飛びついてきた。
 
ぎゅーっと抱きしめながら、無事帰れたことを誰にともなく感謝する。
すっかり冷えたカラダも娘とお風呂に入って、遊んでいたら温まった。
 
思えば一日で500kmも走ったのは今年初めて
今も目の奥に疲れが残っている。
 
それでもS師匠は仙台往復800km。
ケンヂ君も往復600km
いくらバイクが最新型でも、50を超えた乗り手の性能は老朽化しているはずだが、
そこは長年の経験と熱い心がカバーしてくれるのだろう。
 
福島はまた来年。
本当に復興のためサーカスでも来てくれたら、みんなうれしいだろうなぁ。
 
1年に一度と言わず近場のツーリングならOK
また声かけてもらえればうれしいです。