年明け早々、管理しているマンションの大家さんから
「Mさんの家賃がまた入っていない」
と、催促があった。
Mさんは30代。
3年前に入居したときは、近くのデザイン事務所に勤めるグラフィックデザイナーだった。
仕事が毎日遅くて終電に間に合わず、会社に泊まることも多いので、近くのこのマンションを借りていた。
入居して1年後、Mさんから
「転職することになりました」
と連絡があった。
仕事の内容を聞くと、ハウスクリーニングのフランチャイズに加盟して、独立するという(赤帽みたいなものか)。
見た目にも線が細く、力仕事なんておよそ向いていなさそうだが、
「一日中パソコンに向かっているより、体を動かすことで精神的にラクになりました」
と言っていた。
仕事は提携している不動産会社から紹介があるらしく、順調そうに見えたのだが.....。
1年ほど前から家賃が遅れ気味になった。
聞くと
「取引先の集金が遅れている」とかで、入金日を10日過ぎても払われないときは、九州の実家に電話して親御さんに払ってもらったり、家賃の保証会社に立て替えてもらっていた。
なんとか一週間遅れで入金していた12月末、
Mさんから
「いろいろご迷惑をかけたので、1月末で退去しようと思います」
と連絡があった。
親御さんが心配して、実家に戻ってこいと言われているとか。
親が元気なうちに帰れるなら、そんな幸せなことはないので、
「がんばって」
とエールを送ったのだが........。
とりあえず電話するが呼び出すだけでつながらない。
仕方ないのでショートメールを送ると、
「1月15日まで払えないので、保証会社で立て替えて下さい」と返信があった。
保証会社に手配をして家主にもその旨を伝えて、ホッとしたのもつかの間。
6日に彼の上司という不動産会社の人から、電話があった。
Mさんが会社のクルマを時間貸し駐車場に停めたまま、一週間経っても取りに来ないので、駐車場運営会社から連絡が入ったらしい。
スペアキーもMさんが持っていて、会社の集金したカネも持ったままとかで、
「部屋を開けてカギを探したい」とのことだった。
「勝手に開けるわけにはいかないので、親御さんの了解を取ってほしい」
と告げると、
「さっき連絡したので、そちらから確認して欲しい」
と。
お父さんに電話すると
「息子の携帯に電話したが、料金未納らしくつながらないので、すみませんが部屋を見てもらえませんか」
とのこと。
マンションに着くと会社の人が2人待っていた。
「万が一」のことを考えて第一発見者にはなりたくないので、会社の人にカギを渡して、先に部屋に入ってもらう。
電気も止められていて薄暗い部屋を、携帯電話の灯りを頼りに「彼」を探す。
真っ暗なユニットバスを携帯の頼りない灯りでは、1人だったら怖くて開けられないだろうが、ここにもいなかった。
念のため冷蔵庫も開けると、中のモノが腐敗していてすぐ閉めた。
部屋のなかはゴミ屋敷と化していて、足の踏み場もないが、とりあえず「彼」はおらずホッとした。
テーブルの上にはコンビニで買ったのかプラスチックのどんぶりに、ラップがかかったチャーハンが置いてあった。
まだ新しく
「ひょっとして今夜帰ってきて食べるのかな?」
とふと思った。
ゴミの臭いも強烈でカギを探すことはあきらめたが、これはもう契約違反による解約要件なので、お父さんに電話して彼がいなかったことと、ゴミ屋敷だった旨を伝え、早急に上京してもらうようお願いした。
8日金曜日にお父さんが上京すると連絡をもらった。
1時に品川駅に着いたら連絡してもらうことにして、電話を待っていた。
1時に連絡があったので、着いたかな?と電話に出ると
「今、品川に着きましたが、ちょっと前に千葉の警察から連絡があって、息子が死んだと言われました」って.......
「すぐ警察に来てくれというんですが、ちょっとアタマのなかが真っ白になって...。
落ち着いたら連絡します」
どこでどうやってなんてとても聞けなかったが、思ったことは
「部屋で死なれなくてよかった」
亡くなったMさんには申し訳ないが、かなり面倒なことになるので。
お父さんは成人の日までの3連休で、部屋を片付けに来たので、せめて電気が点かないと不便だろうと、東京電力に通電を手配していた。
ブレーカーが上がりっぱなしになっていたら、万が一、通電したときゴミで火事になったら大変なので、マンションに向かうと、部屋の中に警察の鑑識らしき人が二人、刑事ドラマそのまま靴にビニールをかぶせた恰好で、なにか調べていた。
死因について尋ねると、
「詳しいことは言えませんが、ご自分で命を絶ったようです」
事件性があるか部屋を調べていたらしく、お父さんは警察署で息子さんと対面したそうだ。
マンションから事務所へ戻る途中、お父さんから電話が。
「息子は死んでいました。妻と娘に話してこれから上京するそうです。
とりあえず火葬を済ませてから、マンションに伺いますがよろしいでしょうか」
突然、息子が亡くなったショックを必死にこらえているのが、電話の声でわかる。
千葉で亡くなったと聞いたとき、「部屋でなくてよかった」と思った自分が、恥ずかしかった。
親より先に死ぬことを「逆縁」というらしいが、これほどの親不孝はない。
もし自分の娘が死んでしまったら、気が狂ってしまうかもしれない。
連休明けの12日に
「部屋を片付けたので見てもらえますか」
とお父さんから連絡があった。
あれだけのゴミの山を片付けるのは、素人では無理だろうと思っていたが、
行ってみると室内にゴミ袋が50袋以上、山積みになっていて、ゴミの山で見えなかった床も、汚物まみれのユニットバスもピカピカに磨かれていた。
お父さんと一緒にいたお母さんも、かなりやつれた様子。
「ひょっとして徹夜ですか?」
と聞くと
「ゴミの中に息子の遺したものがあると、手が止まってしまって......
朝までかかってしまいました」
とお母さん。
一晩中泣いていたのか、目は真っ赤だった。
部屋のなかには息子さんの遺骨が置かれ、
「これから帰って葬式をあげてやったら、片付けにまた出てきます」
「ここまでしてもらったらゆっくりでもいいですよ」と伝えたが、
「息子がいろいろご迷惑をおかけしたので」って。
Mさんはどんな思いで自分の命を絶ったのか。
「死ぬ気になればなんでもできる」とはよく言われるが、
「死んだほうがラクになれる」と思ったのか........。
帰宅して保育園に娘を迎えに行った。
「パパ~!!」
おもいきり飛び込んできた娘を、力いっぱい抱きしめた。
とりあえず今年もよろしくお願いいたします。