カフェしなの

TREK SUPER CALIBER改とたまに1250 GS HP

ひさびさの

朝、娘を小学校に送って帰宅して、なにげなくポストをのぞいたら
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ん?、なんか入ってる

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アヘッド
貼られた付箋には
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「回覧 三橋」って。
JRMのスタッフ三橋君が「社内回覧」したぶんを、じ~じが届けてくれたらしい。
(一瞬、パリダカのミツハシ君が見たあとじ~じに回覧されて、次は私が誰かに回さなきゃいけないのかな?なんて思ってしまった。)


付箋が貼ってあるページを見ると
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新編集長のワカバヤシ女史のコラム
「父と子」というテーマで、F1の中島悟親子のエピソードと一緒に、スガワラ親子の話しも。
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そしてもう一枚、付箋が貼られていたページには
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「ヘルメットの話し」というテーマで、ラリー中のテルちゃんとナビのスギウラ君の写真が
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その次のページには、ドキッとさせられるコラムが

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「街のバイク屋がなくなる日」

ホンダに続いてカワサキが、自社製バイクの専売店を作って、いづれは個人経営のバイク屋さんがなくなるだろうという内容。
たしかにKTMBMWがジャパンを立ち上げて、専売するようになって久しい。
バイクの購入層も高齢化していて、高速のSAを見てもおじさんライダーの花ざかり。
彼らは事前に情報収集をして、専門ディーラーでバイクを買う傾向が強い。

国内メーカーもだいぶ前から国内販売に危機感を抱いていて、今後ますますメーカーの専売化が進み、街のバイク屋さんは衰退の一途をたどるだろうって(この企画は次号も続くらしい)
むかしのように「若者が」街のバイク屋さんに「たむろして」、ずらっと並んだ各メーカーのバイクを前に、「次はどれ買おうかな?」なんておカネも無いのに、ワクワクドキドキした光景も、もう見られなくなるんだろう。
個人商店のバイク屋さんも高齢化が進み、後継者がいない店は廃業に追い込まれている。
個人商店で将来生き残れるのは、ディーラーが扱わない旧車をメンテするフラットや神田川慕情、サスモディファイの依頼が絶えないモンドモトのような、スペシャルショップだけになるのかもしれない。

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ウンチクバナシが苦手なのでふだんは読まない、俳優、大鶴義丹氏のコラムにも、似たような話が。
いわく20代の若手俳優が250ccバイクを買って、メンテができないので氏が相談に乗っているらしい。
義丹氏は1968年生まれで私とほぼ同年代。
むかしの若者はバイクやクルマに所持金をつぎ込んだり、オトコの60回払いと称して無茶なローンを組んで、愛車を手に入れていたが、今の若者は情報量が多いので、ひとつの趣味に没頭するのではなく、もっと冷静に世の中を見ているとか。

そして「ナンシーさん」、「なんき郎」、「ノッテタン」という、聞き慣れない単語も紹介されていた。
これは高速のSAで高齢男性から
「これは何CC?」     → ナンシーさん
「何キロ出るの?」    → なんき郎
「オレも昔乗ってたんだ」 → ノッテタン
と声をかけてくるオヤヂたちのあだ名らしく、納得すると同時に笑ってしまった。

こんな広告も
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行ったことはないが銀座にあるという、高級バイクブティックの広告。
スタイルマーチンってむかし、今は無き上野の「光輪」で扱っていたような。

ツーリングのときだれかが履いていて、「コーリン野郎」って馬鹿にされていたのを思い出した(でもスタイルは変わっていないので、このレトロ感が今はいいのかも)

それにしてもじ~じはいつ来たのか?
1月のパリダカが終わってから、今回と同じくポストにアヘッドは入っていたり
白バイにつかまった日にじ~じの地元北海道から、海の幸はいただいていたが、先週はSSERの湯布院ラリーに出たり、南米からレンジャーが帰って来て、来年の準備や問題も山積みのはず。
きっと忙しいと思って、あえて4か月連絡をしていなかった。

私の家からじ~じの家まで、バイクで10分、歩いて30分。
近くに行く用事があったので、アドベンチャーで寄ってみた。

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と、自宅ガレージに見慣れたジムニーが!

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そしてじ~じも
おひさしぶりです。

「オレ、コーヒー淹れられるようになったから、上(自宅)に行こう」と連れて行かれ

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出されたのは「モンカフェ
ってお湯沸かしただけじゃん(!)

それでも今まで家事は何一つやらなかった(できなかった?)おじいちゃんが、お湯を沸かせるようになっただけでも大きな進歩だろう(でもティファールだけど....)。

湯布院ラリーから帰ってきて、昨日まで御殿場のガレージで、モンゴルに出たジムニーなど整備をしていたそう。
ひさびさにゆっくり話しが聞けた。

湯布院ラリーでは川床のルートを走っていたので、
「あんなとこ走って大丈夫なの?」と聞くと、なんと「国道だった」とか。
昔は道路だったのがいつの間にか「川」になってしまったそうで、道の名残で川底はアスファルトが敷かれているらしい。
生活道路にもならずずっと放置されているので、ところどころ穴が開いていたり、裂け目があったり。
川底の「コケ」に滑って、じ~じも転倒したらしい。

「むかしはトライアルやってたから、自信あったんだけどね~」
って。
5月にはTBIがあり、7月は北海道4デイズ、8月はモンゴルが待っている。
(今年のモンゴルは思わぬサプライスに驚いたけど、はっきりしたら紹介します)

今年76歳。
去年秋ごろから筋力トレーニングを始めたそうで(本当に今まで夜はビールを飲む以外、なにもやっていなかった)、「湯布院を3日走っても、ぜんぜん疲れなかった」とか。
トレーナーが孫くらい若い女の子らしいが、やっぱり「がんばる張り合い」が違うらしい。

軽いけどじゃじゃ馬のKTM250に乗り換えたりしたが、やっぱり「いちばんしっくりくる」のが、XR230。
それでも10年近く乗って、サスもだいぶヤレてきた。
オーリンズに相談したら
「菅原さんのために前後特注で作りますよ」って(!)

林道も飛ばさないしコケに滑って転ばないよう、トライアルタイヤでいいのでは?と聞くと
「やっぱりゴツゴツのブロックタイヤじゃなくっちゃ」
って。やる気マンマンのスーパーおじいちゃんなのだ。

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こんな自伝出版の話しも進んでいるらしい。

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小樽時代のスガワラ少年の姿も(70年前!)。

ヨーダのようなじ~じの指が差しているのが

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お父上ば駆るラビットの後ろに乗るスガワラ少年。

バイク仲間と「定山渓」までツーリングに向かう一コマ。
おととしの北海道4デイズですぐ近くを通ったが、「昔は全部ダートだった」とか。
全員ロードタイヤにシャツに革靴という軽装だが、むかしはみんなこんなものだった。
事業をしていたというお父さんも、道楽者の飛ばし屋だったのだろう。

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じ~じが初めて買った(?)スバル360
うしろの「宗谷丸」って南極観測船

先日長野に帰省の際、高速のSAで娘が
「クルマってみんなおこった(怒った)ような顔してるね」
と言っていたが、最近のクルマはみんな精悍なフォルムというか、いかつい顔をしているものばかり。
この写真のスバルのような、かわいいクルマがなつかしい。

この自伝はアヘッド発行元の「(株)レゾナンス」から出版されるらしい。
最初は50部だったのを、なんとか無理を言って1000部発行になったらしいが、それでも世界中のスポンサーさんや知り合いに配って、終わってしまうとか。

増刷して1部1000円で発売すれば、買う人もたくさんいると思うが、
「こんなものでカネもらえないよ」
って、じ~じらしい答え。
私ももし1部もらえたら、ここでぜひ紹介したい。

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だって世界中の日野自動車の社長さんだけで、これだけ集まるんだから、世界各地のディーラーさんや日野の社員さんも加えたら、万冊単位じゃないと足りないと思うんだけど。

以前知り合った日野自動車の工場で、トラックを組み立てている人が、
「俺たちのヒーローは菅原さんです」
って言っていたが、彼らも絶対欲しい一冊だと思う。