カフェしなの

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さくらまつり

ゴールデンウィークも実家に帰省する予定なのに、どうしても娘に実家近所の公園の桜まつりを見せたくて、妻に無理を言って土日で帰省してきた。

土曜朝の高速は渋滞するので、金曜日夜9時に出発。
250km先の実家に11時半に到着した。
他のクルマの流れに合わせて、平均時速120km/hで走ったが、
首都高支線の最高速度は60km/h、都心環状線は50km/hって、一般道と変わらないだろといつも思うし、正直こんな速度で走ったら大渋滞は必至。
たまにパトカーが50km/hで走っていると、後続は大渋滞になっている。

考えてみれば開通した昭和30年代は、クルマは軽が360cc、普通車でも1000ccが一般的で、それほどスピードも出なかった。

今は軽自動車が追い越し車線を、わがもの顔で飛ばす時代。
夜の高速で走っていて、ものすごいスピードで迫る後続車に道を譲ると、軽だった。
なんてことはしょっちゅう。

首都高もせめて上限80km/hにしてもいいと思うのだが、建設から半世紀経って、ボロボロだし、道幅が狭く緊急時に停める路肩も無いので、仕方ないのだろう(そろそろ環状線もタンデムOKにしてほしい)。

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臥龍公園さくら祭り
自宅から10分もかからないので、ほんとうに子供のころから通った公園。
この池は人造池らしく、祖母も若いころ池掘りに参加したと、生前聞いた覚えがある。
むかしは小串鉱山から流れる川の水を引いたので、魚が棲めなかったが、いつのころから水を循環できるようになり、今はたくさんの鯉やカメが棲むようになった。
池の周りには100本くらいの桜が植わっていて、年に一度たくさんの花見客でにぎわっている。

それにしても風が冷たい。
予報では最高気温18度と聞いていたので、妻も私も春物のジャケットだったが、下にいろいろ重ね着しないと震えるほど寒い。

満開は数日前だったようで、水面にはたくさんの散った花びらが。
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桜の名所の千鳥ヶ淵や洗足池なら、ボートに乗るのも1時間待ちは当たり前だろうが、寒いなかボートに乗る人はまばら。

「おなかすいた~」というので、おでんとおだんごをいただく。

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腹ごしらえして裏山の臥龍山に登る。

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木の枝のカマキリの卵を見つけたり、つくしをとったりまつぼっくりを拾ったり。
都会ではなかなか体験できないことが、すぐそこにある。

小学生のころはここでスキーやそりをやって遊んだ。

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この「めがね橋」の上から「そり」で落ちたが、下にも雪が積もっていて助かったのも、懐かしい思い出。

山の裏に下りていつもの動物園へ

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トナカイにえさやりしたり(上野動物園なら長蛇の列だが、ここはいくらでもあげられる)
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そして気分はアイルトンセナ(フェラーリだからケン・アカバか)
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そしてお決まりの日野レンジャー消防車

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「まだあそぶ~」
という娘をなだめすかせて、ランチに向かった先は
築130年の民家を改造したイタリアン「ラノッキオ」
どこか美味しい店はないか、地元のホームページで探して行ってみた。

実家のある須坂市はむかし養蚕業が盛んで、蔵や古民家がまだ残っている。
10年ほど前から若い人が、古い建物を借りてブティックやギャラリーを始めていて、ここも開店したばかりらしいが、昼でも予約しないと待たされる人気店らしい。

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妻は小布施の豆腐懐石の店に行きたかったようだが、電話すると昼は予約でいっぱいだった。
が、ここのパスタとピザには満足してくれたらしい。
和室で畳に座って食べるイタリアンも、また妙味。

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同級生の遠藤酒造場に立ち寄って、義父母へのお土産を買う。
長野県は米どころ新潟に接しているので、地元では「長野の酒はまずい」という評判が定着していた。
彼が大学3年のとき父親が急逝し、跡を継いで35年。
同級生で体育教師をやっていたK君が杜氏に転身し、
「アタマの固い地元より県外に販路を広めよう」と二人三脚で酒造りをやってきた。

モンドセレクションや数々の賞を受賞し、今では県内外でも有名な酒蔵になった。
K君は去年ガンで亡くなってしまったが、彼の志を継いだ若い衆が蔵を守っているという。
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旧いたたずまいの店もそのまま。
中学生のころマージャンを覚えたのも、ここだった。

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そして母の見舞いに行く。
脳梗塞で寝たきりになり4年め。
自力で起きることもしゃべることもできず、食事はチューブで直接栄養を送り込む「胃ろう」だが、孫の手を握る力は驚くほどしっかりしている。
私も手を握って何度も自分のあたまにつけ、私の目を見て必死になにかを訴える。

父は母が入院した一週間後に心筋梗塞で急死したが、母がショックを受けると思い、伝えられないまま4年が過ぎてしまった。
「おとうさんはどうしてる?」
なんて聞いていたらどうしようと思いながら、母のあたまをさするしかできなかった。

「おばあちゃんにさくらみせたい」と娘が言うので、スタッフさんに車イスに乗せてもらい、施設内を娘が押して食堂へ。
ガラス越しにちょっとだけ桜が見えたが、喜んでもらえただろうか。

回復する見込みのない見舞いほど、つらいものはない。
「またくるね」と言って施設を出た。

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クルマで10分、小布施の浄光寺境内のスラックラインをやらせてもらう。

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いつも誰かが親切に教えてくれて、本当にありがたい。
今日は東京の二子玉川で大会があるらしく、若手選手は遠征中とか。

9月には上信越道小布施オアシスで、スラックラインの国際大会が開催されるらしい。
体幹を鍛えるのにもってこいなので、自宅に買って帰りたいが、悲しいかな東京の住宅事情では、数メートルのラインを張る場所が無い。

都会の公園はハンモックをつるすだけで、管理事務所から苦情が来るし、子供が木に登るだけで怒られる...........

小布施から高山村へのぼり、しだれ桜を見に行く。

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樹齢百数十年のしだれ桜の下はお墓。
地元の老人曰く
「むかしは土葬だったから、桜の{栄養}になったんだよ」って......

「最近は骨しか埋めないから、栄養が足りねえなぁ,,,,,」とも。

「桜の下に死体が埋まっている」話しを{地}で行っている。

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こちらのしだれ桜はまさに今日が満開。
妻も「こんな立派な桜、見たことが無い」って。
臥龍公園は少し散ってしまっていたので、やっと満足してもらえたかナ。


そして娘が心待ちにしていた温泉「湯っくらんど」へ行く。

たまには地元の美味しい店で晩ごはんを食べたいが、娘は風呂上りに大広間で食べるこのラーメンが、「世界で一番の大好物」らしい

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一人前のラーメンをペロッと平らげてしまった。
今日は山にも登って公園で遊び、スラックライン(のまね事)もやったので、よしとしよう。

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翌朝は朝寝坊のママを置いて、自宅から歩いて20分の川へ。

晴天だがやはり風が冷たい。

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さらに10分歩いて昨日も来た臥龍公園へ。

桜も見納めなので電話で妻を呼びだす。

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都会と違って田舎はどこに行っても桜が見られる。
公園だったり河原だったり、お寺や神社や民家にも。
なにより墓地には必ずと言っていいほど、桜が咲いている。
そしてクルマで走っていると、道沿いにもたくさんの桜が。
地元で暮らしている人には、このありがたみは分からなんだろう。
私も春に桜が咲くのは当たり前と、思っていたひとり。

11時に出発して午後1時半には東京の自宅に到着。
いつもながらあわただしい帰省だったが、桜を堪能できてよかった。

また来年、家族で見られたら、こんなうれしいことはない。