カフェしなの

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奄美サイコー


7月24日(木)から27日(土)まで、ひと足早く夏休みを取り、奄美大島

キャンプは好きではないが「島好き」の妻。

おととしの神津島、去年の伊豆大島に続いて、最初に彼女が選んだのは石垣島だった。

4年前、沖縄に行ったとき、中国人観光客の多さに辟易したが、大型フェリーや定期便の航空路線が拡大し、いまや石垣島宮古島も「中国化」しているとか。

東京でも毎日、中国人観光客は見ているので、彼らがいないところを探したら、奄美大島に行きついた。

20代のころ勤めた六本木の不動産屋で、先輩のYさんは奄美出身。
20代でアメリカを放浪し、旅費稼ぎに古着や家具、雑貨を持ち帰っては売り、また旅を繰り返していた。
30年前、駅から遠くて家賃が安かった目黒通りで、アメリカ雑貨&家具の店をオープンし、目黒通りを家具屋ストリートに変えた第一人者。

10年ほど前、家具屋に飽きて会社ごと売却、
漁船を買って奄美や沖縄の海で、沈没船探しのトレジャーハンターを始めた。

やってみて初めて、沈没船はみんな水深100M以上に沈んでいて、漁船だけでは回収できないことを知った。

日本近海ではスペイン艦隊のような財宝を積んだ船もないので、数年前にお宝探しはやめて、今はうちの近所のボロボロのバラックを借りてアトリエにして、中古家具や米軍払い下げの弾道ミサイルを、半分に切ってガラス板を載せたテーブルなどを、顧客の依頼で作って売っている。

60を過ぎて1年の半分を奄美で暮らすYさん。
自宅の前が海で庭から釣り糸を垂らすと、50センチのイシダイが釣れるらしい。

奄美に行く話しをしたら、いろいろ名所を教えてくれた。

先日、君津の山を案内してくれた不動産屋のIさんの、会社の同僚も奄美出身とか。
こちらもいろいろ情報を教えてもらい、いざ出発





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そして到着。

予約していたレンタカー(日産ノート)を借りて、とりあえずホテルを目指すが、
時刻は午後2時。
おなかが空いたので、通り沿いにあったレストラン「ばしゃ山村」というところで、奄美名物の「鶏飯(けいはん)」を食べる。

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鶏飯ってシンガポールで食べたチキンライスかと思ったが、ごはんにだし汁をかけて鶏肉や錦糸玉子などをのせる、雑炊だった。

私は豚丼
味が濃くてうまい。

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そして「ホテル カレッタ」に到着
建物は古いが湾に面していて、気持ちがいい

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Yさんにも勧められた、ホテルからクルマで5分の倉崎海岸へ。
時刻は4時。
日没が遅いので7時くらいまで明るいらしく、地元の人は夕方から海に入るとか。

食事をした「ばしゃ山村」の前は太平洋。
そと海なので水難事故が多いとか。

こちらは湾の中なのでとても静か。
砂浜から100Mくらいなら、ライフジャケットを付けた子供も泳げる。

泳ぎだして足が岩(サンゴ?)に触れたとき、ヒザにビビッと痛みが走った。
「クラゲに刺されたか?」
と思って周りを見たが、何もいない。このあともずっとしびれるような、かゆみが残った。


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この時点で6時過ぎ
みんな帰ってしまい誰もいない。
Yさんにも言われたが、奄美には「海水浴場」というものがなく、基本どこでも泳げるらしい。
その代わり「海の家」のようなものは無いので、食事はお弁当持参で、シャワーは家やホテルに帰って浴びるのが、一般的とか。

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ホテルに帰ってもプールで泳ぐ
ほぼ貸し切り状態

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貞子

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夕飯は君津の不動産屋さんの後輩一家がやっているという、笠利町の「むさし屋」さんへ。
予約してもらったので入れたけど、2階建ての広い店内は、平日なのに満員御礼。

駐車場に停まっているのは、全部地元ナンバー。
ガイドブックにも出ていないし、名瀬でもない小さな町なのに、この盛況ぶり。


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これはもずくの天ぷら
見た目で食わず嫌いの娘も、おそるおそる食べたらおいしいって

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当たり前だけどサカナも美味い

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これは「豚足の」唐揚げ
娘は鶏のから揚げだと思って食べているけど、コラーゲンたっぷりすぎて、かなり濃厚

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子どものころ母の実家で「トン汁」を食べた。
それが飼っていたヤギのメ―ちゃんと知って、以来ヤギは食えない。

奄美の海はきれいだが、娘の希望は神津島の赤崎のように、サカナがたくさんいる磯で泳ぎたい。
料理を運んでくれた女性(たぶんむさし屋さんの親戚か?)に聞いてみたら
「ちょっと待ってて。聞いてあげる」
って、となりあわせの常連さんたちに、聞いて回ってくれた。

「ノダさんとこのムネくんの知り合いなの?」

「ムネくんのご両親にはお世話になってるから」

こんな会話が聞けるのも、小さな町のいいところ。

「お嬢ちゃん、こっちでおばちゃんといっしょに食べようよ」
とか
「この店の名物はこれなのよ」
などなど、とにかくみんな優しい。

シュノーケルダイビングのガイドをやっている女性もいて、明日はヒミツのスポットを案内してもらうことに。

チームスガワラのTシャツを着ていたら、浅黒い外国人青年に声をかけられた。
袖のダカールのマークを見て、
「私の国でこのマークのレースやっています」
って。

彼はボリビア人だった。

海のないボリビアだが、海が好きで海の仕事がしたくて、今は釣り船のクルーで働いているらしい。

この調子だとお店のお客さん全員と仲良くなれそうだが、東京から来て一日遊んでもうクタクタ。

「もう帰るの?」

「もっと飲んでいきなさいよ」

という声に後ろ髪をひかれながら、お店をあとにした。



そして翌朝のホテルの朝食
ひとことも中国語が聞こえないことに気づく。

そういえばYさんが

「沖縄がチャイナに占領されたのを、奄美の人は知っているので、チャイナの大型船が入れる港の工事を、みんなで反対した」
らしい。

宿泊客はほとんどが夏休みの家族連れ。
ひさびさにゆったりした気分で食事ができた。



そして昨日約束したシュノーケリングに向かう。

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これが地元のトカラヤギ
どうしてもヤギ汁のイメージが浮かんでしまう。

ガイドの桜子さんが運転するクルマで、走ること5分。
道路からいきなり草むらに分け入ると、開けた海岸に出た。

ほんとうに誰もいない。

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ここから沖へ100Mほど進むとサンゴ礁が広がっていて、ウミガメとも一緒に泳げた。
2時間ほどシュノーケリングを楽しんで、ガイドの彼女が働くホテルに戻り、またプール。




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ここもだれもいない

ランチは昨日のばしゃ山村の近くにある、「奄美きょら海工房」というレストラン。

太平洋に面してのガラス張りは、眺望抜群だが、
「台風じゃなくてよかった」
なんてことを考えてしまう、臆病な私。

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サーモンとチーズのパスタ(だったかな?)

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娘はパスタ
とにかく麺が好き

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目の前は「用安(ようあん)海岸」
誰もいない。

午後はここで泳ぐことに。
Yさんから
「太平洋側は毎年{離岸流}で死ぬから気をつけろ」

と言われていたので、娘のライフジャケットに10Mのロープを結び付けて泳ぐ。
岩場では持参したタモ網で、フグとハリセンボンを捕まえた。

ライフジャケットは安心だが潜れないので、水中の魚に触りたい娘には不満。

しかたないので岩場だけ脱がせてみると、まさに「水を得た魚」状態。

自分の身長より深いところも潜っては、サカナを追いかけている。

と、一人でシュノーケリングしていた妻がいない。
周りを見渡すと100Mほど沖を泳いでいる。

彼女の姪は10年ほど前、沖縄の海でおぼれた娘を助けようとして、死んでしまった。

レンタカーを借りるとき
奄美の海はイタチザメがいるので気を付けて」

と言われたが、無防備な海の中でどうやって気を付けたらいいのか。

妻は遠目にはおぼれているように見えないが、ライフジャケットを脱いで泳ぐ娘も、見ていなければならないので、申し訳ないが妻のことは構っていられない。

そのうち少しづつ戻ってきたので良かったが、
「ずっと浅いから二人で行って来たら?」
とおっしゃる。

「いきたい!」
と娘も言うがライフジャケットは付けたくないと言う。

しかたないのでロープを締め直し、二人で沖へ泳ぎだす。

と、ミノカサゴがゆらゆら泳いでいて、捕まえようとする娘のロープを引っ張って連れ戻す。
ミノカサゴヒレには毒があるよ」
と言うと、驚いていた。

沖へ行くほどサカナも増えるが、そのぶん深くなる。

もしここで流されたり、イタチザメに襲われたら?
なんて思うともう限界。

娘も帰りの体力を残しておかないと、途中でおぼれてしまうので、100Mで引き返した。

泳ぎ足りないのでホテルのプールで泳いでいたら、埼玉から来た同い年の女の子(こころちゃん)と仲良くなった。

我々より早く月曜から来ているそう。
生後10か月の弟くんも一緒で、親子4人で来ているらしい。

明日の朝食を一緒に食べる約束をしたが、一日じゅう泳いで疲れてしまい、夕食も食べずに3人で寝てしまった。

翌朝、昨日の女の子と仲良く朝食を食べる娘。

われわれは午前中、マングローブカヌーツアーを予約していたので、45KM先のマングローブ林を目指す。

泊っているホテルは奄美北部、
国道をひたすら西に向かい、名瀬を過ぎると緑の山が見えてきた。

本州の山と違うのは、たくさんのシダの葉が目立つこと。
恐竜でも出てきそうな雰囲気

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そしてカヌーツアーのお店「アイランドサービス」に到着

9時にホテルを出たが待ち合わせの10時ギリギリだった。
高速道路が無いのと、混雑する名瀬市街を通るので仕方ない。

さっそくライフジャケットとパドルをもって、カヌーに乗り込む




ヨロヨロこぎ出していく母子
風も波も無いので大丈夫とのことだが、ちょっと心配

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河口に向かって下りなので、快調に漕いでいく

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そしてマングローブの森へ突入
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Yさんや地元の人から
マングローブツアーは子供だましのプラスチックカヌーで、ちょこっと漕ぐだけだからつまらないよ」
と言われていたが、いやいやとても楽しい。

こころちゃん一家も
「カヌー楽しかった」
と言っていた。

風と波が無くても帰りは川上へ向かう「上り」なので、妻はヘトヘト(疲れた娘は途中から漕がないし)
もしこれで風や波があったら、たどり着くのも大変でアドベンチャー感いっぱいになったはず。

お昼はこころちゃんパパおすすめの、「マングローブパーク」内にあるマングローブハウスの食堂へ。

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すかさずヤモリを捕まえる娘
なかなか狂暴でなんども噛まれながらも、つかまえるところはさすが(私は爬虫類は苦手....)

ハブを捕まえて役所に持っていくと、害獣駆除で1匹3000円で引き取ってくれるらしい。
「じゃあ10匹捕まえたら3万円だね~」
と目を輝かせる娘。

地元タクシーの運転手さんが、副業で捕まえるそうだが、夜行性なのでそんな簡単に捕まらないらしい。
おとといむさし屋さんを紹介してくれたムネ君も、子供のころ家にいたハブに噛まれたとか!
海を泳いでいて噛まれたとか、トイレで噛まれたとか、本州のマムシより生活に密着している。
Yさんにハブの予防法を聞いたら
「いざというときのために保険証は忘れるな」
って.....


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こころパパが
「マグロでごはんが見えません」
とおすすめのマグロ丼
ほんとにごはんが見えない。

生魚が苦手は娘は、念願のラーメン

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帰り道、こころパパに教えてもらった、地元で有名な「スーパービッグⅡ」で、おみやげと花火を買う。
偶然にもおみやげを買いに来ていた、こころちゃん一家と再会。

午後は海に行く約束をして、大喜びのこどもたち

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黒糖焼酎もいろいろある。

義父へのおみやげにどれを買えばいいか、Yさんに電話で聞くと
「高倉とか高級なのもあるけど、地元はみんな一番安い{里の曙}だよ」
とのこと。

手荷物が重くなるのがイヤなので、どこに行ってもおみやげは買わない主義。

なので1、8Lの紙パックを2本買ったが、奄美のことをいろいろ教えてくれた人たちにも買わなければと、最後に空港の土産店に寄ると、0.5LでビッグⅡより高かった。

こころちゃんパパが焼酎を段ボール買いして、宅急便で送っていた意味がやっとわかった。

そしてホテルに帰り、休む間もなく海へ

こころちゃんパパが
「おすすめのビーチがあります」
と、初日に行った倉崎海岸駐車場のはしっこの、雑草に隠れた階段を下りると

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誰もいないプライベートビーチが出現

「ダイビングの人たちがこの階段を下りて行ったので、こっそりついていったらこんなところに出ました」
って。

同じ倉崎海岸だが、ほんとうに誰もおらず、海もきれい。
100Mほど沖まで行くとサンゴ礁があり、大きな魚もたくさんいる。
魚肉ソーセージがあれば餌付けできたのにと思ったが、おやつのビスケットを袋に入れて、再チャレンジ。

子供たちの手に魚が群がって、大変なことになっていた。

こころちゃんパパは八丈島出身で、生粋の海人。
某有名旅行会社で働いていたので、旅行もプロ。
格安LCCをかなり前から予約して、家族4人分の旅費を節約していたとか。
台風が発生していたが、LCCは振り替え便がないので、帰りの飛行機が飛べるか心配していた。

30歳のとき将来は八丈島に戻って、整体師になろうと決心。
旅行会社を辞めて学校に通い、埼玉で整体院を開業して10数年だが、奥さんは不便な島の暮らしがイヤらしく、将来のことはわからないとか。

結婚してこころちゃんが生まれるのに8年、さらに下の子が生まれるのに9年かかったらしい。

ひとりっ子の娘は
「おとうとがいていいな~」
とうらやましがっていたが、45歳の自営業で子育ては大変のひとことだろう。

夜はホテルのスタッフさんおすすめの「居酒屋てっちゃん」へ、こころちゃん一家と「最後の晩餐」。
ハブのオブジェが換気扇になっていて、口から煙を吐いている。

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ここのおすすめは「鶏飯ラーメン」
鶏飯ラーメンは奄美のどこにもあるが、ここの先代のご主人が考案したのだとか。

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こちらは生タコの刺身
沖縄と違って青や黄色のサカナが出てこないところがいい

先日のむさし屋さんでも、お店の駐車場は満車で、お客さんは老若男女、みんなベロベロに酔っぱらっていた。

そういえば3日間、一度もおまわりさんを見かけなかったが、まさか飲酒OKじゃないだろう。

田舎によくある代行タクシーも走っていたので、みんなそうだと信じたい。

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ホテルに戻り、歩いて1分のビーチで花火大会

歩いて1分だが真っ暗な草むらを歩くので、ハブがいないかおそろしかった。

子供二人でこの量。

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まぁいい思い出になればいいかと。

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翌土曜はもう帰る日
飛行機の時間が違うので、こころちゃん一家とはここでお別れ。

「来年は八丈島いきましょう」
って。


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われわれもクルマに荷物を積んで、ホテルをあとに。

途中のジェラート屋さんに立ち寄り

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暑い日はこれが一番

空港近くの「奄美パーク」へも立ち寄る。

偶然さっき別れたばかりのこころちゃん一家にも、再会できた

焼酎のラベルにも使われている画家「田中一村」のミュージアムを覗く。

娘には特別展の「松本零士の世界」のほうが、楽しかったみたい。


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広い敷地には奄美の文化や自然が、いろいろ展示されている

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こんなおじいちゃんの人形も

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「ちょっと時間つぶしに」
なんて思っていたが、しっかり見るには半日は必要だった。

そして空港へ

とにかく人がいい。
外国人がいないのもいい。
妻も娘も奄美が気に入ったので、また来たい。

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そして夕方6時に戸越銀座に到着

東京は奄美より熱いことを思い知る。

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さっそく洗濯と片付け

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海で拾った貝殻を洗う。

おおきな貝が異臭を放っていて、ホテルでも洗ったが、中身が取り出せなかった。

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針金とペンチでほじくってみると

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とげとげの何かが出てきた

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ペンチで引っ張り出したら、かなり大きなヤドカリだった。

あのまま海に返してあげれば、死なずに済んだのに、申し訳ないことをした。

シュノーケリングガイドの桜子さんが、
奄美ではこの貝を家の前に飾って、守り神にしています」
と言っていたので、我が家でもそうさせてもらおう。

奄美も暑かったが日陰に入れば、風が心地よかった。
東京はほんとうに灼熱地獄。

8月9月は東京以外のどこか涼しい場所で暮らせるよう、仕事やライフスタイルを考えなければと、今回ほど痛感したことはない。

初日になにかに刺されたところが、10日たった今もかゆくてしかたない。

海人のこころちゃんパパいわく
「イソギンチャクに触ったんじゃ?」
とのことだがナゾのまま

今日はこんな感じで、ムヒを塗っている

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