R1250GS カフェしなの

R1250GS、事故で廃車から買い替えました

幸せな週末

木曜は娘の2歳の歯科検診で近所の保健所へ。
 
当日は混雑するので早く行ったほうがいいと聞いたので、12時に娘を保育園に迎えに行ったが、ちょうどお昼を食べてお昼寝の時間.......。
半分寝ぼけまなこの娘を抱いて保健所に行き、12時半から待合室で「アンパンマン」を見ながら待つ。
 
娘が産まれるまでアンパンマンを観たことがなかったが、分かりやすい内容とキャラクターは大人が見ても楽しめるし、なにより主題歌の歌詞は秀逸だ。
 
 
うちの順番は3番だったが1時になるころには30人くらいが待っていた。
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これだけ大勢いるのに見知った親子はだれもいない。
みんな幼稚園児かお母さんが専業主婦のようだ。
検診が終わって再び娘を保育園に預けに行ったとき、検診に行けたのはウチだけらしいと、先生に言われた。
 
平日の午後1時からという、共働きの家庭のことを考えていないスケジュールは、なんとかならないものか。
せめて土日もやって欲しいが、歯科医さんもボランティアだろうから、やっぱり無理な話か。
 
 
夜は有名無実の自転車倶楽部「青山双輪會」の、かなり遅い新年会に向かう。
 
場所は神宮前のフレンチ「シュペールサンク
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ワダケン以外は今年初めて会う人ばかり。
ワダケンは仕事中に足首のじん帯を伸ばしてギプスだったが、東京マラソンのあとでよかったね。
 
私を含めてみんな寒い冬は、自転車に乗っていないらしく、「今年はまだ1回」とか、「一度も乗っていない」なんて声がチラホラ。
 
あいかわらずこの会は「自転車持ちだが自転車乗りではない」、人の集まりのようだ。
 
今日は10月に結婚されたN師匠のお祝いと、4月から家族で岡山に移住するSさんの送別会も兼ねている。
 
Sさんは東京出身だが、秋田出身の奥さんが放射能を心配して、3月いっぱいで仕事を辞めて、なんの縁もない岡山に引っ越すという。
岡山にした理由は奥さんが決めたそうだが、原発がなくて食事がおいしく、暮らしやすいということらしい。
仕事も何も決まっていないまま行くのに、不安はないのか聞いたところ、「まあなんとかなるでしょう」とかなり楽天的なのに、一同驚いた。
 
実家はあるが仕事のアテのない長野に、仕事を辞めてまで帰る勇気のない私から見たら、Sさんのチャレンジ精神にはただ頭が下がる(本人はまるで気負っていないが)。
 
がんばるというよりも、家族で新天地を楽しんでほしいと願います。

 
金曜夜から長野に帰省した。
いつものように午後4時に娘を保育園でピックアップし、クルマで妻の大宮の職場に向かう。
東京は雨だったが、関越をしばらく走ると交通情報のネオンサインが、「横川から先でチェーン規制」と表示されていた。
 
まだ雪は降っていないが、横川SA手前で渋滞。
チェーンを巻くクルマの渋滞か?と思ったら、スリップしたらしいトラックが道路をふさいでいた。
 
「本当に雪が降るのか?」と思いながら走っていたら、軽井沢あたりから「吹雪」になり、やっとスタッドレスが役に立ったとうれしくなったが、吹雪で前が見えない。
 
80km/hくらいで慎重に走る横を、大型トラックが抜いていく。
「そんなに飛ばして事故って道路ふさぐなよ」と、祈りながら走った。
 
普段なら3時間で着くところを、今日は4時間近くかかったが、なんとか9時半前に実家に到着した。
娘も両親に会うのは正月以来だが、毎日のようにスカイプでお話しをしていたので、すぐ「おじいちゃん、おばあちゃん」となついてくれてホッとした。
 
 
翌日もあいにくの雪模様。
晴れたらスキー場でソリをしようと思ったが、山を見るとすっかり雪雲に隠れてしまっている。
 
あきらめて近所の「人形博物館」を見に行く。
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30段飾り、千体のひな人形は圧巻。
我が家のおひなさまは「少数精鋭の」二人雛なので、娘もたくさんのおひな様に大興奮だった。
 
お昼は山のふもとにある日本そばのお店
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外は一面の雪景色。
娘は雪よりもソバと「かやくごはん」のほうがお気に入りらしい。
 
長野生まれの私はよく、「おそば、好きなんでしょ?」と聞かれるが、実は両親の影響か私はうどんが好き。
(私の知る長野県人はうどん好きのほうが圧倒的に多く、そば屋より「うどん屋」のほうが多いくらい)。
 
なので蕎麦は東京に出てから食べるようになったが、それでもそば屋に入るとつい、うどんを頼んでしまう。
 
先祖代々神田生まれのKさんは、近所でも有名な「そば通」だったが、貸しているビルの家賃収入だけで食っていて、毎日昼間から地元のそば屋で「呑んで」いた。
 
Kさんは酒の飲み過ぎで死んでしまったが、生前、神田の自宅を建て替えてビルにしたとき、ガレージを作るスペースがなくて、KさんのK100を「もらった」のが、私とビーエムの出会いだった。
 
 
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そば屋さんからすぐ近くにある、去年オープンした「くすのきワイナリー」を見に行く。
 
あいにく楠さんは不在だったが、お店のおねえさんに自家製巨峰ジュースをいただいた。
一口飲んだ娘はドリフのコントのように「べーっ」と吐き出し、親は大慌て.........。
やっぱり酸っぱいものはダメなようだが、一面の雪に娘は大喜びだった。
 
震災から1年ということで、テレビも特別番組が多い。
被災者に配慮して津波の映像は自粛すると新聞で読んだが、どのテレビも生々しい映像を流していて、正視に耐えないというか、うんざり。
家族を失った人や家や会社が流され、仮設住宅で暮らす人たち。
何百回と見た光景だが、正直かける言葉もない。
明日突然、妻と娘、両親がいなくなってしまったらと思うと、自分はちゃんと生きていけるのか不安になる。
 
東京都民でよかったと思うのは、都知事の英断でがれき受け入れを表明したこと。
とりあえず散らかった部屋のガラクタを、捨てずに全部押し入れに突っ込んで、見た目だけ片付いた現状では、あちこちで声高に聞こえてくる、「絆」なんて言葉がとても薄っぺらに感じてしまう。
 
とりあえず幸せな「今」を大事にしなければと、実家での家族のだんらんを眺めながら思った。
 
2か月前に比べて格段にボキャブラリーが増えた娘。
大人が話していることをちゃんと聞いていて、同じことをしゃべりだしてビックリするが、両親にはちょうどいい「話し相手」になってくれている。
 
それでも茶の間から台所までお皿を運ぶだけで、お駄賃で1000円くれるおじいちゃんは、ちょっと気前がよすぎると思うのだが..........。