カフェしなの

TREK SUPER CALIBER改とたまに1250 GS HP

凱旋

事務所にいたら電話が鳴った。
画面を見ると「菅原義正」って。

数日前にも携帯メールに
「おかげさまで自動車部門総合3位になりました
ありがとうございます。明日帰ります」
ウランバートルから連絡があった。

「無事帰って来たからスポンサーさんにごあいさつに行きますよ」
と電話を切って10分
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鉄人がやってきた

手前にあるのは今回のおみやげ
日本の「お鈴(おりん)」と違い、鐘の周りを棒でなでると「リーーーン」といい音がする。
ってじ~じがお鈴を持ってる姿は、どう見てもダライラマにしか見えない

ラマ教なのかチベット仏教なのかわからないが、お疲れのところありがとうございます。
毎朝、自宅の仏壇のお鈴を鳴らしている娘にとって、またいいおもちゃが増えてしまった。

今年は2輪4輪合わせて50数台のうち、日本人は2輪が9台、4輪は3台で、ほとんどがモンゴル人のラリーになっていた。

遊牧民とチンギスハーンのDNAを持つモンゴル人は、一緒に走ればわかるが本当に速い。
2002年のラストモンゴル
自分が走っている狭いピストの、はるか後方から砂煙が見える。
あっというまにロシア製のジープが猛然と追い越していくが、しばらく行くと路肩にひっくり返っていたり、派手に壊して修理中の光景に出合う。

当時のバイクはほぼ全員が国産のトレール車か、XR600がせいぜいで、私のKTM640ADVが珍しいくらい。
モンゴル人ライダーたちも年式が分からないくらい、ボロボロのXR250や600を駆り、日本人ライダーを追いかけ回していたが、マシントラブルでのリタイアも多かった。
彼らに最新のマシンを与えたら、パリダカでも優勝してしまうだろうとは、SSER主宰ヤマダサンの弁。
私も本当にそう思った。

あれから10数年、地下資源バブルで湧いたモンゴルの発展はすさまじいらしく、今年の参加者のほとんどが、KTMなどのラリー仕様車らしい。

それでもやはり「直線番長」のモンゴリアンは、上位陣がぶっ飛んで自滅、
じ~じ&若林組が3位に食い込んだ。

ヤマハバギーは一度のパンク以外はノートラブルだったそうだが、本来はせいぜい1時間くらいのレースかファンライド向けに作られたもの。
それを1日500km、8日間走り続けるのだから、マシンも搭乗者にも相当なダメージがあったはず。
「乗り心地はジムニーのほうが100倍快適だよ」
エアコンも付いているし窓を閉めれば雨風も吹き込まないので、当たり前だろうが、
「でも突然のギャップや穴にはじかれても、びくともしなかった」
って。
フロントガラスはポリカーボネイト製なので、雨やホコリで視界も悪く、内側は静電気がひどくて、常にタオルで拭かないと前が見えない。
防音対策を何もしていなかったので音もうるさく、
「走り以外でかなり疲れた」
そう。

今回はヤマハのスタッフさんもいたそうなので、メーカーにとってかなり貴重なデータが取れたはず(なんたってパリダカの鉄人がドライブしているんだから)

ゴール後に和食レストランで食べた「はまぐり」に{あたった}そうで、みんなが帰ったあともう1日ホテルに残り、ひとり苦しんでいたとか
(実は「違うハマグリ」食べたんぢゃないの? あっ下ネタですんません)

そんなこんなで去年のジムニーでの出場に比べ、かなり疲れている感はいなめない。
煮詰めればいくらでもラリー向けにバージョンアップできそうけど、さすがに来年も出るのか聞けなかった。

でも来年も行くんだろうナ、このおじいちゃんは。

パリダカの鉄人」「世界のスガワラ」の普段の愛車がこれ。
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「スガワラさんてレンジャー乗ってるくらいだから、ふだんもベンツとかアメ車とか、デカいの乗ってるんでしょ」
なんてよく言われるが、狭い都内は軽が一番ラクらしい。
(レンジャーもダカールのカミオンクラスでは、他の大型カミオンに比べて軽並みに小さい)
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帰国早々、講演会やらダカールの打ち合わせ等々、そのへんのサラリーマンよりよほど忙しい。
御年75歳の「永遠の青年」の挑戦は、まだまだ続くのだ。