カフェしなの

TREK とKONAとEVILと、たまに1250 GS HP

アフリカ魂

松戸までバイクで行ったので、ついでにI君一家がやっているレストランでランチしようと、茨城の利根町へ向かった。

I君はむかし一緒にアフリカツインで野山を走り回った、TLD仲間
高校卒業後、海上自衛隊に入隊。
オフロードのイベントに参加したとき、生涯の恩師となるS師匠らに出会ったそう。
重たいアフリカツインでモンゴルラリーも完走している。

S師匠や二輪ジャーナリストで、こちらも彼の師匠である、M井さんらと交流を深めるうちに、公務員の自分と「一般人」との考え方の違いに愕然とし、30代半ばにして生涯安泰の自衛隊を除隊した。

その後、某2輪用品販売店に入社したが、自分よりはるかに若い「上司」たちに罵倒されながら、世間の厳しさを思い知った(らしい)
もともと実家でご両親がレストランをやっていたので、
「親の後を継ぐなら今しかない!」
と一念発起し、30代後半からのレストラン修行が始まった。

当初は3年修業して実家に戻る予定だったが、やればやるほど奥の深い業界。
そのまま2年延長して5年目の去年、実家に戻った。

松戸には仕事で行く機会が多いので、一度食べに行こうと思っていたが、S師匠らから
「高速のインターから遠いんだよなぁ」
とか
「まわりに何もないから、ついでに行くところが無いんだよねぇ..」
などなど、ネガティブな意見ばかり聞いていて、つい足が遠のいていた。

松戸からナビで「30km1時間」と表示されたが、
「まぁバイクならもう少し早くいけるだろう」
と腹を決め、1時に松戸を出発し6号線をひたすら北上する。
利根大橋まで来て、
「なんだ、ヨシトモサンが管理していたコースの近くじゃないか」
と気づく。
TBIで知り合ったマツモトサン主宰のBOGTの練習会が、利根川の河川敷コースで行われ、私もGSやKTMで毎週のように走らせてもらった。

I君の実家は橋を渡った先の利根町にある。
「このまま河川敷のダートを走って行ったほうが、近いんじゃないか?」
なんて思いながら、ナビに従い市街地を走ること20分。
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駐車場に停めたGSの音を聞きつけたI君が、驚きながらも出迎えてくれた。

営業日のはずだがアポなしだったので、臨時休業だったらどうしようと心配だったが、元気そうな顔に会えてホッとした。

2時近くになってしまったので、ランチが終わりならコーヒーだけ飲んで帰ろうと思っていたが、11時からそのまま夜までずっと営業していて、いつでも食事ができるらしい。
厨房ではI君のご両親が、忙しそうに働いていた。
初めてお会いしたがおしゃべり好きのお父さんと、すぐ意気投合。
お父さんも若いころバイクに乗っていたそうで、I君そっちのけで地元の話題や世間話で、ずっと二人でおしゃべりしていた。

「よかったですね、息子さんが帰ってきて」

自衛隊辞めると聞いたときは驚いたけど、いろいろ社会経験して戻ってきたので、こいつにはよかったと思ってますよ」って。

聞けばお父さんも45歳で脱サラし、1年準備して46歳でレストランを開業したとか。

I君はまだ43歳(もっと上かと思っていたが、意外に若かったのね....)
お父さんが46歳でお母さんと二人、ゼロ(マイナス?)からこのお店を始めたことを思えば、43歳でも早すぎるくらいとか。

ここは駅からも遠く(取手駅まで8キロ)、本当に住宅街の中にあるので、いわゆる「一見(いちげん)さん」はまず入ってこないという。

この日のお客さんも地元と思しきご婦人たちと常連さんで、繁盛しているらしかった。
I君曰く
「僕の同級生のお母さんたちです」って。
近所にファミレスも喫茶店も無いことが、幸いしているとはいえ、
ご両親の人懐っこさと味で、28年続いているのだろう。

私が注文したのは「ハンバーグ定食」
50g増量してもらったが、十分すぎるボリュームと、じっくり煮込んだソースが絶品。
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お父さんから
「せっかく来てくれたから」
と地元で作っているというお赤飯をいただいた。

「ありがとうございます。娘はとにかくごはんが大好きなもので」

なんて話したらお父さんが「ちょっと待ってて」と、さらにもう一個、持ってきてくれた。

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「いやいや、こんなにもらえませんよ」
と言っても
「(おやじは)一度言ったら聞かないから、もらっといてください」ってI君.....。

帰宅して家族でありがたくいただいた。

76歳になるお父さんは今まで2度大病をして、生死の境をさまよったという。
「いつ店を辞めようかと思っていたところに、息子が帰ってきてくれた」
と本当にうれしそうだった。

「息子が帰って来て一番{得}したのは、私かもしれないね」とも。

3年前に長野の父親が亡くなり、母親も入院中ながら、遠く離れていて何もできない親不孝者の私から見れば、ほんとうによく戻ってくれたと、他人事ながらI君に拍手を送りたい。

なにより調理師という、「手に職をつけて」戻ってきたのが一番大きい。

50代前半で定年になる自衛官や普通のサラリーマンだったら、中途半端に田舎に帰っても仕事は無い。
不動産業という仕事柄、自己破産する人の自宅の売却を頼まれるが、ここ数年は不正会計で有名になった、某大手家電メーカー社員が数人いた。
彼らは一流大学を卒業し、当時は一流だったこの会社に就職。
結婚し家族も増えて順風満帆な人生のはずが、幹部の不正により人生が狂ってしまった。

会社都合の早期退職は、1年間は失業保険が受け取れるらしいが、そのあいだに再就職のためハローワークに通って、人生初の挫折を味わうという。
履歴書に「普通免許とパソコンが少々」なんて書いても、自分より若い担当者に、
「それは特技ではありません。中国語が堪能とかMBA持ってるとか、他と違う特技はないんですか?」
と言われ、中間管理職だった自分がいかに無能だったのか、思い知らされるという。
あげくに紹介される会社は、給料が良くて半分、悪いと三分の一.....。

「もっとオレにふさわしい仕事があるはずだ」
なんて夢ばかり見て現実逃避しているうちに、失業保険が打ち切られる。

給料が会社から振り込まれ、家のローンも自動引き落としになっていた時代と違い、収入が無く支出ばかり増えて貯金も底をつき、銀行から督促状が届く事態に。

人生初めての督促状にどうしていいかわからず、そうでなくても奥さんは専業主婦で子供たちは大学や高校などで、まだまだカネがかかるので、その場しのぎにカードやサラ金でキャッシング。
3か月ぶんローンを滞納すると「事故扱い」になり、銀行系列の取り立て会社に債権が移行し、競売手続きへ。
そのときになって慌てても、もうあとのまつり。
自分の置かれた立場に気づき、なんとか再出発できた人はいいが、去年、弁護士に紹介された人は、待ち合わせ時間を1時間過ぎてもやってこなかった。

「どうしたのかな?」
と思っていたら弁護士から電話が

「sinaさん、○○さん 死んじゃったよ」って.....

私の事務所に向かう途中の駅で、電車に飛び込んで自殺してしまったらしい。

「駅のホームで電車を待っているとき、{このまま飛び込んだら楽になれる}と思ってしまうので、電車に乗るのが怖いんですよ」
と、前回会ったとき話していた。

「営業なんてダメですね、いざとなったらどこも雇ってくれないんですから...」とも。

弁護士曰く
「今年は○ャープの社員の{仕事}が来ると思うよ」って。

それにくらべれば手に職のあるI君の選択は、正しかったと思う
(本人はそこまで考えていなかったようだが)。
お父さんも
「定年が無いので仕事は息子に任せて、常連さんとおしゃべりするために、店に出ようと思います」とか。

「AI」とかいう人工知能が進化すると、世の中のかなりの仕事が奪われるとか。
一流と言われる企業に勤めている人も、いつどうなるかわからない世の中だが、
どんなにIT化が進んでも、くだらない世間話がロボットにできるとは思わないし、心のこもった料理は作れないだろう。

会社都合で簡単に路頭に迷うサラリーマンと違い、収入は不安定でもやっぱり自営業はいいナと、I君親子を見て思った。

あとは早く嫁さんもらって、孫の顔を見せられたら、こんな親孝行は無いのだろうが、
I君曰く
「その予定はありません」って.....

食事に来るのは地元の人ばかりなのだから、誰かの娘さんとか知り合いの知り合いとか、まわりにいろいろいそうなものだが、
「まわりもみんな独身男ばかりで.....」って。

私もよく
「だれか{いいひと}いたら、紹介してください」
と、まわりから頼まれるのだが、この{いいひと}というのがクセモノで、かなりハードルが高い。

当の本人に
「好きなタイプは?」
と聞くと
福山雅治」とかいうオンナがよくいるが、「一生ひとりでいなさい」と答えるようにしている。

I君の性癖はよく知らないが、少なくとも「男性好き」ではなかったらしい(たぶん)。
私も誰かいたら紹介するので、これを読んだ人で自薦他薦は問わないので、誰かいたら紹介してください。

お店の名前は「レストラン・ドルチェ」
利根町で検索すればすぐわかるはず。
お店の前の駐車場は、バイクなら20台くらいは停まると思うので(たぶん)、ツーリングで立ち寄ってほしい。

帰りは利根川沿いの田んぼの一本道を柏ICまで一気に走り、首都高は渋滞ながらも1時間で帰宅できた。

奥さんに
「I君のお店に食べに行こう」
と言ったら、
「まわりになにかあるの?」って。

「う~ん........、印旛沼?」
答えに困ってそう言ったら、
「子供が遊べるテーマパークとかあればいいけど、印旛沼ぢゃねぇ....」って.........。

とりあえずハンバーグは絶品なので、だましてでも一度連れて行こうかと..........。

そしてS師匠から業務連絡が。

「A師匠のアフリカツインが納車されたので、明日夜8時、葉山のファミレスに集合」って。
8時といえば娘との入浴タイム中。
4月から小学生の娘は、いつまで一緒にお風呂にはいってくれるのか。
あと数年もしたらもう相手してくれないよと、人生の先輩方はみなさんおっしゃるので、アフリカツインは試乗したいけど、せめて今は娘と一緒の時間を大事にしたい。

でもI君は
「仕事、早退させてもらって、はせ参じる予定です」と言っていた。
さすがS師匠の招集は、彼にとっては絶対なのだろう。

アフリカツインを手放したあと、S師匠に誘われるままロードバイクを買ったり、F800GSに乗ったりしてきたI君だが、去年ついに1200GSを購入していた。
それでも新型アフリカツインに試乗して、眠っていた「アフリカ魂」が目覚めてしまった。
さっそく1200GSの下取り査定をしたところ、GSを売って「いってこい」でアフリカが買えないことが判明。
とりあえずもうしばらくはGSに乗り続けることにしたらしい。

お父さんに
「どうやら新しいバイクが欲しいらしいですよ」
と助け舟を出してやったが、本人は
「いやいや、買わないから」
と懸命に否定していたけど(エンリョシナクテモイインダヨ イッチャエ イッチャエ)

S師匠から写真が来た
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うれしそうなAおやぢ

午後からA&S師匠と、「さすらいのカメラマン みやちゃん」の3人で、湘南方面をツーリングしたときの1枚(I君は夜遅く合流か?)
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手前の旧型アフリカはみやちゃんのマシン。
やっぱりデカく感じるが、それ以上にデカいのはS師匠の1200GSADV。

「もうダートは走らない」というS師匠だが、そもそもこれをビッグオフローダーと呼べるのか。

このときはまだ立ちゴケしていないA師匠。
そのうち林道を走りまくってボロボロになる前に、試乗させてもらいたい気もするが、せっかくもう少しGSに乗る気になったのに、寝た子を起こさないで欲しいというのも、本音だったりする。

でもDR800やスーパーテネレ、1150GSには乗りながら、
「アフリカツインなんて絶対乗らない!」
と言っていたA師匠が、真っ先に購入とは思わなかった。

数年後はみ~んなアフリカ、
なんてことがあるのかないのか。
さてさてどうなることやら。