カフェしなの

TREK SUPER CALIBER改とたまに1250 GS HP

100歳までガンバレ

 
 
 
 
先週の金曜日、じ~じから電話が
「今日のトウチュウ買うように」って
トウチュウとは東京中日スポーツ新聞
 
数ある新聞のなかで一番モータースポーツに力を入れていて、パリダカの時代から現地に記者を派遣していた、希少な新聞社。
 
近所のコンビニで購入
イメージ 1
 
ちょうど若島津(二所ノ関親方)がサウナの帰りに倒れて入院した記事が。
むかし高田みずえと婚約したときは驚いたが、現役時代はたしかに男前だった。
 
そしてちょうど見開きのページに
イメージ 2
 
 
 
イメージ 3
 
 
「ヒノさんから100歳までやってって言われちゃったよ~」
と笑っていたが、このスーパーおじいちゃんなら100歳でも、まだ現役で走っていそう。
先日105歳で亡くなった聖路加病院の日野原院長も、死ぬ間際まで現役で活躍したが、病院関係の知人に言わせると
「日野原さんのおかげで出世できない人がたくさんいた」とか。
うえに100歳の院長がいたおかげで、年功序列で院長になるはずの人が、何十人もこの病院を去って行ったという。
 
本音を言えば数年前、じ~じが初のリタイアを喫したとき、そのまま引退してチーム監督になって欲しかったが、いくつになっても闘争心を失わないこの人は、きっと死ぬまで現役なんだろう。
 
今回はペルーにリマをスタートし、南下していくルート
なので序盤にいきなりハードなアタカマ砂漠越えがあるのかな。
 
 
今年はモンゴルラリーでレンジャーのテストもやったし、サポート体制も充実して準備万端。
前回に続きカミオンクラスのトップ10入りと、排気量10リットル未満クラスでの9連覇も狙ってほしい(もちろん父子のワンツーフィニッシュも)
そしてじ~じの「パリダカ35回連続参戦」もかかっているとか。
 
毎年この時期はメカのスーさんたちスタッフが、船積み前の突貫作業中。
「目の下にクマ作って」ゲッソリやつれている。
邪魔しちゃ悪いと思い事務所に顔を出していないが、おみやげもって寄ってみよう。
 
 
 
そしてクリーニングから引き取ってきたのは
イメージ 4
 
 
イメージ 5
 
 
イメージ 6
 
10年以上前に購入したモンベルのジャケット&パンツ
風魔の風間さんとモンベルがコラボしたモデルだったか忘れたが、たしか風魔プラスワンで購入したような。
しばらく着ていなかったが先日のDOAが雨の予報だったので、ひさびさに引っ張り出した。
案の定ドロだらけ。
以前は自宅で洗っていたがたまには防水加工もしてやろうと、クリーニングに出していた。
オフ用だからといってボロボロのウェアは着たくないので、汚れたり傷むと買い換えていたが、毎年DOAで大和モーターの社長さんが着ている「GWスポーツ」のジャケットパンツを見て、
「もっと大事に着てやろう」
と思った。
GWスポーツとはノースフェイスやヘリーハンセン、エレッセなどを扱うゴールドウィンが、20年以上前にバイク用品として立ち上げたブランドで、今は「ゴールドウィン・モーターサイクル」というらしい。
 
私がオフに目覚める前に、なぜか参加してしまった「第1回ロシアンラリー」
 
このときゴールドウィンも協賛していたようで、現地でGW社員の方と親しくなった。
「林道天国 長野」で18歳まで暮らしたのに、バイクで林道は一度も走ったことが無かった私が、突然ウラジオストックから4日間、シベリアの悪路を走ることになったので、そのカルチャーショックはひどいものだった。
 
「もう二度とオフロードなんてやるものか!」
と固い決意のもと帰国。
 
その後数年はロードオンリーで過ごしたある日、R100RSで帰宅途中、右折するハイエースの横っ腹に突っ込んで全損。
次は映画「ブラックレイン」に出てきた、カフェレーサーっぽいハーレーが欲しくなったが、名前が分からない。
 
当時働いていた不動産屋に、家を探しにやってきたOさんはGWの社員で、偶然にも私と同い年。そしてロシアンラリーで知り合ったYさんとも同僚だった。
 
Oさんを通じてGWスポーツのジャージ、ジャケット&パンツ(当時はブーツもあったかな)など一式を購入してもらったが、そのジャケットパンツとジャージが、まさにサトウ社長さんが着ているものと同じだった。
 
イメージ 7
 
色も同じブルー、昔の自分を見るよう
 
イメージ 8
 
このジャージも持っていたなぁ
 
このチーム大和の面々のウエアは、いまだに「ファクトリーベア」だったりするが、
 
イメージ 9
 
むかしのTBIやオフイベントには、このかわいいクマのウェアを大勢見かけたが、私はちょっと苦手だった。
(画像、勝手にお借りしてすみません)
 
10年以上前、チーム大和主催のいわきツーリングに参加したとき、地元の人から
「東京はいいよね、ウェアとかパーツとかすぐ買えて。こっちはショップが無いからラフローの通販しかないんだよね」
と言われた。
今はアマゾンでも海外通販でも簡単に手に入るが、田舎の人ほどモノを大事にする傾向は強いようで、社長さんのジャケットも20年たち、ゴアテックスはすっかり剥げ落ちて、「コアテックス」になっていても、XRと同じくカラダになじんだウェアは、手放せないんだろうナ。
 
GWのラインナップを見ても今はロードモデルだけになったらしい。
この「ユーロジャケット」も着てみたかったが、消耗品のバイクウェアに上下で20万は、どうしても出す気にならなかった。
今ではGS乗りの「制服」と化した、20万もするラリースーツなんて、このころはまだ誰も着ていなかった。
 
あまのじゃくな私なので、アドベンチャーに乗ってもしばらくは、このモンベルのジャケットか、マックスフリッツのウェアで走ろうっと。
 
でもこのころのオフローダーはみんな、パリダカライダーと自分を重ねていたんだろうなァ