R1250GS カフェしなの

R1250GS、事故で廃車から買い替えました

備えていても憂いはいっぱい

久しぶりに知人で元野球賭博の胴元Kさんが訪ねてきて、世間話をしていたら「ドーン」と大きな揺れがきた。
少し待てば収まるかとじっと待っていたが、一向に収まる気配がない。
これはヤバいと急いでとなりの公園に避難すると、近所の人たちもぞくぞくと集まってきた。
無人のブランコは大きく揺れているし、電柱から垂れ下がった電線もなわ跳びのよう。
 
ラジオを聞いていると続々と被害情報が飛び込んでくる。
東京より東北のほうがひどいみたいだ。
うめさんやじゅんちゃん、いわきの人たちの顔が浮かぶ。大丈夫だろうか。
 
今日は妻は千葉で仕事。
帰宅は4時過ぎなのでちょうど電車に乗っているころか。
JRも全線止まっているらしいし、とりあえず娘を保育園に迎えに行こうかと思ったら、娘を抱っこした妻がひょっこり帰ってきた。
仕事が早く終わったので品川駅に着いて、ホームで山手線を待っていたらグラグラ揺れて電車が来なかったとか。
しかたないので大崎駅近くの保育園まで歩いて、娘を抱っこして歩いて帰ってきたそう。
本当に「母は強し」だと感心した。
 
昔、どこかのビジネスホテルに泊まったとき、夜中に地震があった。
廊下が騒がしいので出てみると、下着姿のインド人とおぼしき数人が何やら騒いでいる。
今のは何だと聞くので、「earth quake」と答えると、「oh!!!」と驚いていた。
インドには地震がないのをこのとき知った。
 
数年前の新潟中越地震のとき、たまたま実家の長野に帰省していた。
早めの夕食を食べていたとき「ドーン」と来たので、「ああ、最後は親と一緒なのか」と観念した覚えがある。
 
電話も通じないので仕事を早めに切り上げて、近所のスーパーへ3人で買い物に行く。
このときはそんなにひどい事態とは思っていなかったが、帰ってテレビをつけて驚いた。
津波に呑みこまれた車や家が、ものすごい勢いで流されている。
 
新宿に行く用事を思い出し、道路も混んでいるだろうとバイクで出かけた。
山手通りは雪が降ったときでもこんなにならないくらい、渋滞したクルマが動かない。
駐車しているクルマも多く、バイクもなかなか前に進めないので、あきらめて帰宅することにした。
歩道には帰宅する人があふれ、無理して歩いて足にマメができたのか、靴下を脱いでバンドエイドを貼っている人もいた。
 
携帯も固定電話もつながらないが、ネットやメールが通じることに驚いた。
ネットの道路情報は都内全域が立川まで真っ赤の表示が。
首都高は赤くなっていないので空いているかと思ったら、通行止めだった。
 
それにしてもビルが倒壊するほどの、強い地震でないのにこのあり様では、阪神大震災並みの大地震が来たら東京は一体どうなってしまうのか。
 
テレビでは渋谷駅上空からヘリのリポートで、大勢の人が何時間もバスを待っている。
 
断水になったときのために、バイク洗車用のポリタンク数個に水をためてから、親子3人でお風呂に入った。
「一歩間違えばこうしていられなかったかも」と、無邪気に遊ぶ娘を見ながら、無事だったことを神様に感謝。
 
寒いなかまだ家を目指して歩いている人も大勢いるだろうし、東北では雪のなか、避難所で夜を明かさなければならない人もいる。
 
明日になって状況が分かれば、もっと被害も出てくるだろう。
 
とりあえず皆さんのご無事を祈ります。