カフェしなの

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夏休み後半(故郷がだんだん遠くなる)

甥っ子たちのママが来たので、8月13日に蓼科から須坂の実家に移動した。
中央高速から長野自動車道経由で120kmあまり、
蓼科から諏訪南ICまではお盆の渋滞で1時間以上かかるが、高速に乗りさえすればわずか1時間で実家に帰れる。
 
高速道路が無かった昔は、同じ長野県内でも移動はひと苦労。
諏訪や松本まで国道19号で延々と山道を走っても半日以上かかった。
 
南北で200km以上と、日本で4番目に広い長野県、
東京で長野県出身者と会う機会はわりと多いが、
「飯田出身です」とか
「伊那です」
などと言われても実家から200km以上離れた同県人より、海の無い長野県民が海水浴でお世話になる、90km先の新潟県民のほうが親近感が湧いたりする。
 
群馬、山梨、新潟など8つの県に接していて、北と南では言葉も違う。
たくさんの国に囲まれている喩で「日本のユーゴスラビアです」と答えている。
 
田舎は8月がお盆なので13日は「迎え盆」
東京にいると7月15日がお盆と言われるが、いまだにピンとこない。
姉から
実家にお花用意してあるから御先祖様のお迎えに行って」
と言われていたので、帰省してすぐ墓参りに向かう。
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周りを山に囲まれたこの市営霊園は私のお気に入りの場所だが、市街地から離れた山のふもとなので、クルマが無いと墓参りに来られない。
駐車場も狭いので混雑するお盆の時期は、老若男女が延々続く坂道をみんな歩いて行った。
今は隣接する浄水場を解放して臨時駐車場になるので助かるが、クルマの運転ができない一人暮らしの高齢者が、お参りに来られないのが社会問題になっているらしい。
とはいえ土地が余っている田舎でも、自宅の隣りに墓地ができるのは誰でもイヤ。
駐車場は広いがやはり人里離れた川の近くに、新しい霊園ができたらしい。
 
どこの田舎でも見かける光景だが商店街はシャッター通りになり、パチンコ屋の駐車場は満杯だったりする。
通るクルマもないのに道路だけは公共工事で広くなり、どんどん家が壊されていく。
もう要らないだろと思っても帰省するたびに新しいコンビニができていて、昔ながらの個人商店がまた減っていく....
 
田舎を捨てた自分が言えることではないが、車で市内を走っていても人が少ないと感じて悲しくなる。
 
 
墓参りのあとは母親のお見舞いに向かいがてら、妻が食べたかった小布施の餃子屋さんで昼食。
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自宅の隣りのプレハブで中国人の奥さんが一人でやっている。
地元の人が「お持ち帰り」で予約するので、奥さんは大忙し。
我々のあとに来た客は「ダイブジカンカカルヨー」と断られていた。
 
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 携帯のカメラ操作を覚えた娘が、勝手にパチリ
「アナタタチ、マエモキタネ~」
前回来たのを覚えてくれていた(よほどうるさかったのか....)
 
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奥さんがその場で作る水餃子とジャンボ焼き餃子
 
ごはんと味噌汁付きのギョウザ定食にしようか迷ったが、やめて正解のボリューム。
 
また来よう。
 
 

病院に行くと母親が「かわらず」寝ていた。
それでも娘の来たことが分かると、動かない手を必死にふるわせながら、ぎゅっと娘の手を握り締めていた。
 
以前は動かないおばあちゃんを怖がっていた娘も、
「おばあちゃん、はやくげんきになってね」
と言って励ましてくれていた。
 
とはいっても前回5月のときより明らかに、反応が鈍くなっている。
言葉が話せずじっとこちらを見ているが、本当は何が言いたいのか。
 
晩年はどこへいくのも夫婦一緒だったので、入院したばかりの母に父が亡くなったことを伝えたら、ショックで死んでしまうだろう。
なので「元気になるまでは黙っていよう」と母には内緒にしていたが、
元気にならないまま月日だけが過ぎてしまった。
 
このまま母が死んでしまったら、天国で父に会えないかもしれない。
ひょっとして母の枕元に会いに来てくれていればいいのだが、
しゃべれない母は答えないし、聞くわけにもいかない..........
 
そんなことを思いながら母の顔を見ていたら、いつものように息苦しくなり、
「また来るね」と言って病室をあとにしたが、
本当にあと何回、会うことができるのか。
考えるだけでまた胸が苦しくなる......
 
その晩は娘の大好きな市営の温泉施設「湯っくらんど」へ。
 
「きょうはパパとママ、どっちとはいってほしい?」
いたずらっぽく聞く娘。
 
「きょうはママとはいろうかなー」
5歳にして男心をもてあそぶとは、おそろしや。
 
「やっぱりパパとはいってあげる」
こんなことで喜ぶ自分が情けないが、来年はもうママも男湯に入れてくれないだろうから、もちろんうれしい。
 
男湯で娘と同い年の女の子「みほちゃん」と仲良くなった。
「いっしょにあそぼー」
「いいよー」
 
二人のお気に入りはサウナのあとに入る「水風呂」
冷たくて気持ちいいのだが、さすがにそのまま入るのは冷たすぎる。
となりの小さい風呂で温まってから水風呂に入るの繰り返し。
サウナから出てきたおじさんたちもかわいい子供に驚くが、うるさがらず笑ってくれている。
みほちゃんのお父さんらしき人が
「露天風呂に行くよ」と呼びに来ても、
子供同士遊ぶほうが楽しいので
「いかない」って。
そんなに時間もかからないだろうと思い
「見ていますよ」
と伝えたが、その後いつまでたってもお父さんが迎えに来ない。
「ひょっとして置いてっちゃったのかな?....」
と不安になったところでやっと戻ってきた。
 
着替えたあといつもの大広間でラーメンを食べていると、みほちゃん親子もやってきた。
すぐ近くに住んでいてほぼ毎日来ているという。
「おかあさんは?」
と聞くと、
「夕食を食べてから来るのでカミさんはゆっくり3時間は入ってます」って...
地元の知り合いも多いので、風呂で女同士、話が尽きないのだという。
 
娘はラーメンだがすでに自宅で食事を終えたみほちゃんは「かき氷」
 
風呂で見たらみほちゃん入試が全部抜けて見えたので、
「小学生かな?」と思ったが、どうやら虫歯で歯が真っ黒だったらしい。
 
毎日寝る前に甘いもの食べていたら仕方ないが、他人事ながら将来が心配になる。
 
東京から帰省していると話すと、
「いいなあ東京、カミさんもオレも東京で働きたかったんですよ」って。
 
みほちゃんは地元の保育園に通っているという。
山に面した自然豊かな保育園は庭にヘビが出たり、クヌギの木で「天然の」カブトムシがたくさん採れるという。
 
近隣住民の反対で保育園が作れず、待機児童日本一の東京都の実情を話すと、
「こっちは待機児童マイナス200%ですよ」って。
 
市内の旧くなった保育園の耐震化もどんどん進んでいるというし、ジジババ2世帯同居だと保育園に入れない東京と違い、あたりまえのように受け入れてもらえる。
 
「いやあ、田舎のほうが恵まれているんですね」って、東京の私の周りで温泉に毎日「ゆっくり」来られる家庭など、聞いたことが無い。
 
ネットの普及で都会と地方の距離は近づいたが、そのぶん子供も大人も都会への憧れが強まっているように思う。
 
田舎に雇用が少ないのも原因だろうが、幼なじみの子供たちも都会の大学からそのまま都会での会社に就職しているケースがほとんど。
 
私も都会にあこがれて田舎を出た一人なので偉そうなことは言えないが、年を取ってから田舎に帰るには、家族や仕事など超えられないハードルがたくさんあることを、若いうちに知ってほしい。
 
翌日早朝、ものすごい轟音で目が覚めた。
前日に中国で化学工場爆発のニュースを見たばかりなので、
「ひょっとして?!」と焦ったがカミナリだった。
 
今日はあいにく天気が悪い。
実家の周りには公園も動物園も川もあるし、クルマで30分も走れば菅平や志賀高原など自然豊かな観光地はいくらでもあるが、雨ではどこも楽しくない。
 
妻は蓼科で疲れたのかのどが痛いというので、娘と二人、とりあえず雨が降る前に市営プールへ行ってみた。
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山のふもとにあるのでさぞ水も冷たいと思ったが、意外にあたたかい(温水でも流しているのか?)。
今にも降り出しそうな天気のなか、思ったよりたくさんの人が来ていた
(それでも東京の甥っ子たちが見たら「ガラガラだね~」と大喜びだろう)
 
保育園の同級生は水泳教室に通っている子も大勢いるが、本人も興味が無いというし、バレエもピアノも習っていてはこれ以上の習い事はかわいそう。
私も海の無い長野県で夏しか泳げなかったが、小学生の時には自然に泳げたので、娘もそのうち泳げるだろうと、プールに行っても好きに遊ばせていた。
 
先日の茅野のプールで一つ上の甥っ子が、ちょこっとだけ泳げるのを見て、がぜんやる気になった娘。
カベを蹴る「蹴伸び」でバタ足をしながら数メートル、進めるようになった。
 
子供用プールで何度も何度も
「パパ~みてて~」
と私に向かって必死に泳いでくる、金魚のような娘。
 
「もうちょっとうしろでたってて~」
と言われるのだが、私に向かって一生懸命に伸ばす娘の手を、つい一歩前に出て握ってしまう。
 
そんな繰り返しでいつのまにか、蹴伸びが出来るように。
東京は屋内プールもたくさんあるし、忘れないうちにまた連れて行ってあげよう。
 

「寒いから休もうか」といっても
「だいじょうぶ」って。
 
がんばって泳いでいたら唇は紫色でガタガタ震えている。
あわてて売店カップラーメンを買って食べさせる。
 
市営プールの売店カップラーメンが150円で食べられるとは、「プールで飲食禁止」が当たり前の都会では考えられない。
こんなとき田舎はおおらかでいいナと思う。
 
半分食べて「もっとおよぐ~」というのを、無理やり着替えさせたとたんに土砂降り。
 
自分も子供のころ夏の日の夕立ちで、父や母に手を引かれて走ったのを思い出しながら、娘の手を引いてクルマまで走った。
 
夜は姉の家で夕食をいただく約束なので、ヘロヘロに疲れた娘は昼寝させて、私はホームランへラーメンを食べに行こうと思った。
 
「パパどこいくの?」と娘に聞かれたので、
「ラーメン食べてくるからお昼寝してなさい」と言うと
「あたしもたべる~」って.....
 

 
お盆休みなのでけっこう混んでいる。
ここは市内で一番賑やかなアーケードのあるショッピングセンターだった。
30年前は買い物客でごった返していたが、今はホームラン一軒だけが賑わっていて、ほとんどの店が閉店、シャッター通りと化して久しい。
老朽化もあり取り壊したいらしいが、解体と立ち退き費用が捻出できないという。
 

妻はこの醤油のような味噌のような、豚骨のような微妙な味が苦手。
私はもの心つく前から両親が食べていたので、ラーメンといえばこの味だが、市内でも好き嫌いが分かれるらしい。
それでも先代から50年以上、同じ味で流行っているのだから大したものだ。
 
娘は気に入るか心配だったが一口食べて
「おいし~~」っておかわりしてスープまで完食。
妻にメールすると
「ラーメン好きだからねぇ」って......
 
並盛でもどんぶりからこぼれそうな量なので、さすがにスープは残したが、これから姉の家に行って夕食を食べられるのか不安になる。
田舎でのお客の歓待の基本は、「質より量」なのだ。
 
このときは兄妹全員が集まるので、前日から準備で姉は大変だったという。
 
今回は帰省しなかった厚木にいる32歳の長男から、「彼女を紹介された」と姉が嬉しそうに話していた。
ジャイアンツ好きの義兄と東京ドームの巨人戦を観に上京したとき、息子に
「ちゃんと生活しているか明日見に行くよ」
と東京のホテルから電話したら、
「会ってほしい人がいる」と言われびっくり。
 
野球観戦はオシャレより機能性が第一。
クルマではなく高速バスなので手荷物も最小がいい。
なので夫婦そろってリュックを背負って上京していた。
 
「そんなことならちゃんとした恰好してきたのに」
 
無計画で行き当たりばったりなのはO型の家系とあきらめて、厚木駅にリュック姿で立つ二人。
息子とカノジョが迎えに来て、ご対面となったそう。
 
二人のなれそめは「アパートを案内してくれた不動産屋の女性」とかで、
義兄曰く「部屋とカノジョ、二つ同時に手に入れやがった」って.....
 
以前から
「長男なんだから地元に戻ってこい」
と甥っ子に会うたび話していたが、カノジョは厚木近くの秦野の人らしい。
 
「ひょっとして不動産屋の一人娘とか?」
それならいずれ脱サラして義父の後をついで、不動産屋になれるかも?
 
姉に聞いたが会社に勤めているだけらしい。
 
義兄もサラリーマンだったので甥っ子が継ぐべき家業は無い。
なので長男も次男も大学卒業のとき
「無理して戻ってこなくていいから、好きなことをやれ」
と言っていた(らしい)
 
私も高校卒業後、県外の学校に行きたいと親に言ったとき、
「お前の好きにしろ」
と言われたが、あとで姉から
「お父さんは本当は地元に残ってほしかったけど、
おばあちゃんから{好きにさせてやれ}って言われたんだよ」
と聞いた.....。
19歳のとき祖母が急死したが、もし卒業まで生きていたら
「戻ってこい」と言われたかどうか.......
今となっては分からないが、歳をとるたびに望郷の念は強くなるのは、都会に暮らす地方出身男性の共通項らしい。
 
甥っ子がもし結婚して子供が出来たら、家を買うかもしれない。
今は独身貴族で楽しいだろうが、しがないサラリーマンが家族を持って生活に追われるのは、会社の先輩たちを見ればわかるはず。
カノジョの親と同居もいいが、それでは「マスオさん」で肩身が狭いはず(義兄もそれは心配していた)。
 
カノジョがじつは長野が大好きで、一緒にUターンしたいなんて言ってくれるなら、諸手を挙げて大賛成だが(ってまだ結婚するかわからないので、余計なお世話だが)。
 
姉の家には甥っ子の弟が帰省していた。
こちらは長野の会社に就職したが、転勤が多く今は松本にいる。
30歳独身なので
「おまえはどうなんだ?」と聞くと
「出会いが無い」って.....
 
朝が早い市場に勤めているので、職場に「若い女性」はいないらしい。
それでも長野県第2の都市「松本」なんだから、女の子なんていくらでもいると思うのだが、
「{街コン}も行くけどなかなかねぇ」と
は、甥っ子として情けない。
 
まあ弟のほうが純朴なキャラなので、出会いさえあればすぐ結婚すると思うが、義兄は67歳。
大手術している彼は「オレは長生きできない」と自覚している。
私の母の看病をしてもらっているので
「オレがもし{おふくろさん}みたいに寝たきりなったら、胃ろうは絶対やめてくれ」って。
医学が進歩して簡単に死ねない時代だが、むりやり延命させて家族に迷惑がかかるなら大往生させてほしいという。
 
兄弟どちらでもいいので親と同居するか近くに住んで、はやく両親を安心させてほしい。
 
母が入院中は毎月1度はお見舞いに帰ろうと思っていたが、日曜は娘のバレエ教室があり、7月の発表会に向けて休めなかった。
私一人で帰っても母の喜びは半減するだろう。
 
姉も義兄もいづれ歳をとり寝たきりになる。
私の場合は実家の近くに姉夫婦がいて、長男の私の代わりに面倒見てもらえたが、甥っ子たちが遠方で家庭を持ったら誰が面倒を見るのか。
 
どんなに出世したり偉くなったとしても、親の面倒は他人に任せられないことを、この歳になって身をもって知った。
 
オトコは奥さんに遠慮して実家に帰りづらくなり、ふるさとがどんどん遠くなることを、肝に銘ずべし。