カフェしなの

TREK SUPER CALIBER改とたまに1250 GS HP

ゴールはスタートだ

3月4月は年度末とか人事異動、新入社員などなど、世間はいろいろ忙しいようだが、今年設立21年目のわが社は、あいかわらずひとり親方なので人の出入りもなく、ふだんと何も変わらない。
公共事業も絡んでいないので「年度末ってナニ?」とか、「棚卸しって棚からナニおろすの?」なんて、いい歳していまさら人に聞けないことも多いが、とりあえず他人様に迷惑をかけない程度に、暮らせているのがありがたい。

そして前回のアヘッドに続き、またも季節外れのサンタじいさんか伊達直人が、ポストにプレゼントを置いて行ってくれた。
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ってサンタの正体はこのおじいちゃんだが。

先日聞いた自伝出版の話しだが、もっと先のことかと思っていたら、もうできたらしい。
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私がじ~じと親しくなったのは、2000年のラストTBI
なので、まだ17年しか経っていない。
日本でも毎晩生中継していたというパリダカ全盛期は、一度もテレビを見たことが無く、ましてやプライベーターでワークスを追い掛け回していたという、じ~じの4輪レーサー時代も、写真でしか見たことが無い。

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これはまだじ~じがタバコを吸っている時代なので、アヘッド編集長になる前のW林女史がインタビューした記事。
じ~じのナビとしてモンゴルラリーに出るとき、ラリーはおろかオフロードも、アウトドアも未経験だった彼女に対し、じ~じが言った言葉が
「無ければ無いでしょうがない」
だった。

ラリーに出るのであれば「あれもできなきゃ」、「これも持って行かなきゃ」などなど、ベテランでもかなりの知識や旅道具が必要だが、ラリーを目前にしてのシロートに、それは無理な注文。
不安でナーバスになっていた彼女に、じ~じがかけたひとことが、
「無かればあるものだけでやりなさい」
W女史はじ~じのこの一言で、すくわれたらしい。

パリダカに初めて二輪で出場したとき、誰もフランス語が話せず、パリダカという競技の詳細も知らなかった。
選手の荷物を持ってくれるカミオンの存在も知らず、スペアタイヤからパーツ、着替えまですべて背負って走ったのは、有名な話。

4輪やトラックで出場するようになっても、潤沢な資金のあるワークスと違いプライベーターは、壊れてもスペアパーツが無いので、その場で「作る」しかない。
とはいえそこはアフリカ。街を走るクルマもボロボロで、何十回もパンク修理してパッチを張りまっくったタイヤは、円ではなく八角形だったりする。
そんなところに部品が落ちているわけもなく、「落ちていた空き缶で部品を作った」なんて話も聞いた。

4輪レースをやっているときも、軽量ボディのワークスに対し、塗料を削ったりドアに無数の穴をあけたりと、カネが無いならアタマを使えと、試せることは何でもやってきた。
今でもチームスガワラの工場には、長年使いこまれてボロボロになりながら、まだ現役の工具たちや、古いネジやナット類がたくさんストックされている。

じ~じほど準備に万全を尽くす人を、私は見たことが無い。
ダカールが終わったとたん、まだブエノスアイレスにいるときから、「来年の準備で頭がいっぱい」とか。
1年かけて次のダカールの準備をしても、性能アップのための試行錯誤を繰り返し、けっして妥協しないので、けっきょく船積み間際まで徹夜の日が続くのも、毎年恒例の風景。
その結果がプライベーターながらダカールラリー最多出場34回、最多連続完走20回という、前人未到の偉業を達成している所以なのだろう。

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じ~じの盟友 SSERヤマダさんも寄稿されている。
テーマもズバリ「なぜじ~じの挑戦は終わらないのか」(あっ、じ~じぢゃない?)
ヤマダサンも
「スガワラサンは今年のラリーがスタートしたときから、もう来年のラリーを考えている」
だから挑戦が終わらないのだと結んでいるが、本当にその通りだと思う。
まかり間違って(?)カミオンクラスで総合優勝しても、この本のテーマ「ゴールはスタートだ」のとおり、じ~じのアタマにはすでに次のダカールが、始まっているのだろう。

それにしてもたった16ページしかないこの本、というか冊子

私が知っているだけでもパリダカに関する、「ア~ンナハナシ」や「ソ~ンナハナシ」が山のようにあるし、サーキットレース時代の伝説も数知れず(イロイロな)。
書けないことももちろんたくさんあるだろうが、普通の75歳のおじいちゃんの、100倍はエネルギッシュに生きていると思うのに、この本の内容だけではもったいない。

まぁじ~じのことだから、「言えないハナシは墓場まで持って行くよ」
なんて言いそうだが、そのときは「暴露本」にして、私が出版してやろうかナ❤