カフェしなの

TREK SUPER CALIBER改とたまに1250 GS HP

パリダカ奇譚 おかえりなさい

 
 
 
 
事務所(というか自宅)で仕事をしながら、youtubeで「小樽の人よ」を聴いていたら、
「いる?」
と本当に「小樽の人」から電話が(!)

12月にダカールへ出発して以来、2か月ぶり
(あっ、明けましておめでとうございます、言うの忘れた)
いつものようにアヘッドをポストにそっと入れずに、事前に連絡をもらえた。

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「ホラバナシ、しにきたよ」
って、以前ブログでダカールの、ミヤゲバナシを聞きたいと書いたのを見たらしい。

リタイアの顛末を聞くと
「富士山火口くらいある巨大なすり鉢状の砂丘を、超えようとしたところで壊れたらしい」
とか。
あとから知り合いの6輪トラックが来るので、それに引っ張ってもらおうと待っていたらしいが、いくら待っても来ない。
仕方ないのでナビのハムラサンとじ~じで延々11時間、砂を掘って足場を良くしようと試みたが、カミオンバレイが来てしまい時間切れ、断念したらしい。

そのあと6輪トラックが手前の砂丘から出られず、現地のブルトーザを手配。
翌朝ブルで砂丘に「道」を作り、やっと脱出できたとか。

リタイアしたのは何年ぶりか。
そのときはラリー後半だったが、まさか二日目でリタイアするとは思わなかったとか。
ここからテルヒト号のサポートに回ったが、これがなかなか大変だったらしい。

故障の原因究明はレンジャーが帰国してからだが、すでに新しいキャブが届いていて、来年に向けての準備は始まっているとか(また軽量化のための穴あけをしているのかな?)

正月明け早々に夏木陽介氏が亡くなったので、
「ひょっとしてじ~じだけ葬式で帰国するのかな?」
と思っていた。
モータースポーツ好きな夏木さんが、パリダカに出たいとじ~じに打診。

夏木さんがチェイサーでパリダカに出たいとトヨタに申し出ると、
「ラリーでドロだらけになるとチェイサーのイメージが壊れる」との理由でNG
「ドロだらけ」ってまだ日本でパリダカを知る人はおらず、
「ラリー=ダート=ドロ遊び」程度の認識しかなかった(って今も変わらないか)

 
そこで次に夏木さんが声をかけたのが三菱。
メーカー側のパジェロ知名度アップと、ラリーに出たい夏木さんの目論見が一致して、その後のパジェロブームへとつながっていくのだが、
三菱からじ~じに本社に来てほしいと連絡があり、行ってみたら夏木さんがいて驚いたとか。
今ならCM契約の縛りがあってこんなことは出来ないだろうが、なんでもアリのおおらかな時代だった。
 
そのときのくだりはこちらに
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私が「パリダカ」(というかオフロード)に目覚めた一冊
 
書き写すのが面倒なので写真で
 
 
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六本木のクラブ(踊るクラブではない)で何度かお見かけしたが、ダンディでかっこよかった。
ひょっとしてとなりにじ~じもいたのかしらん?
 
そしてじ~じのページも
 
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「オレはシノヅカより速かったんだぞ」

「またホラ吹いてるよ、このおじいちゃん」

と思ったが、当時のリザルトを見ると
 
二輪の優勝は御存じガストン爺
 

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日本人は全滅.....
 
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そしてホンダNXRでヌブーが優勝した86年
 
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344シノヅカさんが46位に対し、338のじ~じは33位!
このころは22日間、15000kmと長く、かなりハードな内容

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バイクや四駆ならなんてことない砂漠でも、2駆のカローラレビンはやわらかい砂につかまって、すぐスタックしてしまう。
浅賀さんの途方にくれている顔が、その過酷さを物語っているが、こんなことを一日何十回も繰り返す。
無謀な挑戦と言ってしまえばそれまでだが、一度も本物の砂漠を走ったことがない人間に、それを言う資格は無いと思う。

夏木さんはフランス人のナビと大喧嘩、
「降りろ!この野郎!」とやりあったとか。
日本でテレビを見ているだけじゃわからない、現地の生々しいハナシも聞けた。
 
この年は主催者のティエリーがヘリの墜落事故で亡くなり、2番の金子さんもアフリカへ渡る手前のフランスで、交通事故で亡くなった。
 
知ったかぶりして書いているが、このころの私はバブルに浮かれ、パリダカの「パ」の字も知らず、六本木や銀座、赤坂の「夜の東京砂漠」で毎晩、朝までスタックを繰り返していた.....

 
 
そしてじ~じが届けてくれたアヘッド
 
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ダカールの記事はビックタンクマガジンの春木さんが書いている。
 
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じ~じも話していたが、南米に移って10年、
ここ数年は難所が少ないハイスピードのレースになり、危険なだけでおもしろさに欠けるということから、多くのワークスが同じ時期に開催されるアフリカのラリーに参戦するようになっていた。
カミオンクラスも通常なら100台近く参戦するところ、今年は半分近くの50数台しか出ておらず、コースディレクターの元2輪チャンプ マルク・コマが原点回帰を謳い、スピードを抑えたぶんかなりテクニカルなコースを作ったらしく、じ~じを含めその「ワナ」にハマったチームも多かったとか。
 
「今年の北海道(4デイズ)は、セローでお供しますよ」
と話すと、
「じゃあタイヤあまってるからあげるよ」
って。
翌日またじ~じがやってきて、届けてくれたのは
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トライアルタイヤ。
エンデューロタイヤよりこっちのほうが、粘るし「持ち」もいい。
 
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ラリーでは8000ccのレンジャーを操るじ~じだが、
ふだんの愛車は軽の「ダイハツ タント」
 
高齢者の事故や暴走運転が連日のようにニュースになっているが、御年76歳(あれ?77?)、まだまだココロもカラダも20代の「青春真っ盛り」
 
じ~じ、ありがとうございます。
月の湯布院、がんばってね~